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 良いお年を

11月末から始めたブログですが、なんとか一ヶ月続けて来れました。
これも皆様からの応援あってこそだと思っています。
コメントや応援クリック、ブログ拍手を頂くと、本当に励みになります。
ありがとうございました。

今日からは、数日間実家に帰省しますので、お休み致します。
ブログ更新は、年明け5日からの予定です。

それでは皆様、良いお年を!

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10:18 | 未分類
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 「ユングの性格論」によせて

ユングの性格論を考えているうちに、昔の事を思い出しましたので、
今回は少し私の事をお話しようかと思います。(誰も望んではいないと思いますが…)
幼児教育とは関係のない話ですので、ご注意くださいね。

前回の記事で、私は「内向的直観タイプの感情より」と書きました。
これは、私自身はもとより、主人、仲の良い友人も「そうだね」と頷いていたので
当たらずとも遠からず…だと思っています。

そんな私の幼年時代はどうだったのかというと…
ずばり、幼稚園が大嫌いな登園拒否児。

私の通った幼稚園は、幼児教育に熱心な幼稚園で、勉強、運動、音楽、暗唱…と、
きつきつにカリキュラムが組まれていました。
登園バスの中では、ことわざや詩の暗唱。
園に着いたやいなや、平仮名(拗音なども含む)の暗唱に1~100、100~1、の数唱。
年長になると、これに九九の暗唱も加わります。
当然、知育プリントや国語、算数プリントもやります。

運動会前の鼓笛隊練習やクリスマス発表会では、みな先生に怒られやしないかと
ビクビクしています。なにせ先生が恐いのです。緊張で泣き出してしまう子もいました。
今秋、抹茶が通う保育園の運動会に私の母が来てくれましたが、
年長さんののびのびした…悪く言えば下手な鼓笛隊に対し、
「あなたの通った幼稚園とは雲泥の差…でも、これが本来の姿なのかもしれないわねぇ」
とこぼしたほどです。
とにかく、良く言えば指導熱心、悪く言えば管理し過ぎ、の幼稚園でした。

自分で言うのもおかしいのですが、落ちこぼれていたわけではないのですよ。
暗唱も数唱もプリントも、別に構わないのです。
楽しいと思えなくても、私なりに納得して取り組んでいました。
我慢ならないのは、「大人が勝手に押し付ける楽しさに、乗り続けなくてはならないこと」。
なにより一番嫌だったのは「自由遊びですよ~!」と言っているのに、外へ出されたことです。
私は一人でも教室で絵を描いていたかった。それなのに、教室にいてはダメだという。

『それなら「自由遊び」なんて言わないでよ。「外へ出なさい」って言ってよ』

この台詞を何度飲み込んだ事か。
自由な時間と称して拘束するそのやり方に、幼い私は戸惑い、だんだん幼稚園へ行くのを
渋るようになりました。
とはいっても、素直に「いきたくな~い!」と泣く訳ではなく、「お腹が痛い」だの
「喉が痛い」だのと、思いつく限りの仮病を使っていました。
もちろん母は気付いていたでしょうが、私を理解してくれ、休みたいときに
休ませてくれたのです。
本当にさらりと、自然に休ませてくれました。

このズル休みのゆるやかな時の流れを、今でも鮮明に覚えています。
紙粘土で人形を作っている母の隣で、日がな一日その人形を眺め、絵を描いていた事。
オリジナル小説を書く母の隣で、私も空想に耽っていた事。

私の幼稚園の思い出といえば、合唱際で1回も口を開けず、子どもなりの反抗を試みた…
ということだけなのですが(笑)、ズル休み中母と過ごした時間は、私の根底に
ゆるぎないものを与えてくれました。
父は「幼稚園はまだしも、小学校で登校拒否じゃ困るぞ」と言っていたそうですが、
母はどんと構え、こう言っていたと聞きます。
「多分大丈夫よ、この子は」。

幸いにも、母の予想は的中します。
私は入学早々、先生からの一言を聞き、一人納得していました。
その一言とは、

「学校は勉強するところです」

当たり前ですね!
いえ、当時の私でも知識としては知っていましたが、この時、およそはじめて、
すとんと整理されたのです。

『幼稚園のように、楽しくもないお遊戯を楽しい物として押し付けてこない。
学校は勉強するところ。ここでは、楽しくなくてもやらなくてはいけないんだ。
よかった、これなら理解できる』

こう結論づけたとき、霧が晴れたような気がしました。
もちろん学校だって、楽しさの押し付けはあります。
しかし、その押し付けは幼稚園に比べ圧倒的に少なく、また、あったとしても強制力に
溢れているため、むしろ安堵したのです。

外向型の子どもは、そんなことを気にせず、幼稚園生活をエンジョイできただろうと思いますが、
内向型の私は、この瞬間まで、もやもやとしたものを抱えていました。
霧が晴れたあとの青空は、どこまでも青く澄んでいて、

『ああ、自由なんだ』

とほっとしたことを覚えています。
物理的な面では小学校の方が遥かに不自由なのですが、当時の私は、本気で自由を手にしたと
思っていたのですから、私の意識がいかに外へ向いていないかがわかりますね。
本当に厄介な子どもです。そしてなにより頭が悪い。(笑)

今の私は、娘に対して、「大人が決めた楽しさの押し売りはしない」と決めています。
この当たり前のことを強く感じているのは、まさに私の経験からくるものなので、
あの幼稚園生活もけっして無駄ではなかった…とも思います。
体験は全て血となり肉となる。

…んん?そう考えると、人生という長い道のりにある小石を「危ないから…」と
全てどけてしまうのも考え物ですね。
たまには「楽しさの押し売り」なんてものも、人生のスパイスになるのやもしれません。

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10:11 | 未分類
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 「子どもの個性と学習タイプ 見極め講座」によると***その3

虹色教室通信のなおみ先生から、再びコメントを頂きました。
昨日に引き続き、もう少しだけ記事にしてみようと思います。
(長くてすみません…)

抹茶ちゃん内向的直感型か内向的思考型の子なんですね。
秋山さとこさんによると、女の子が内向的思考型というのは、とてもめずらしいようです。
そうだった場合、感情が劣等にくるので、アスペルガー症候群などと
間違われるような精神的な問題を感じさせる部分も見えるようです。
が、たいていは、女の子の内向的思考型の子は、内向的直感型の子が、
思考よりであることがほとんどなようです。
抹茶ちゃんの物を分けるときの行動は、適当な量を配って、そこからくる
ひらめきをたよりに適切な答えを導くという直感型の子に多い考え方だなとも思いました。
内向的思考の子は疑り深く理屈っぽく傷つきやすく切れやすく、
少し暗い印象を受ける子が多いです。
このタイプ難しく、私も娘に関しては間違ってとらえているように思っています。
感覚が劣等でないので、見たところ内向直感の感情よりの子に見えますし、
私と同じように直感をよく働かせますが、おそらくちがうんでしょう、でもよくわかりません。
確かに抹茶母さんは内向直感型の方でしょうね。思考の部分もかなり得意だと思いますよ♪

なるほど、たしかに、「女性は人の顔色を見るのが得意。そのために感情をコントロール
する機能に長けるが、論理的な思考は男性に比べ劣る」ということは良く聞きます。
良い意味でも悪い意味でも、思考機能を感情機能がセーブしている…
それが女性なのかもしれませんね。

抹茶には、アスペルガーの特徴はないので、今は、なおみ先生のご指摘、
「内向的直観型の思考より」なんだろうな、と感じています。
私は、抹茶が持つ「直観」の部分は、自分に近いため見過ごしていたのかもしれません。
なにせ自分の主機能なので、あまり新鮮に映らないといいますか…(苦笑)
それよりも、抹茶の「思考より」の部分を「主人そっくり」の新鮮なものとして
見ていたのでしょうね。
数学的、物理的な論理性を大事にするところなどは、私にはあまりない部分ですから…
なおみ先生は「思考の部分もかなり得意だと思いますよ♪」とおっしゃって下さいますが、
その思考は、主人と比べると、論理性合理性に欠け、主観的なものに陥りやすいのです。
なおみ先生の娘さん同様、感情をコントロールすること…
気持ちのぶれに惑わされずに、その場に応じた立ち居振る舞いをする…
そういったことは比較的容易なのですが…

ちなみに、主人は「疑り深く理屈っぽく傷つきやすく切れやすく、少し暗い印象を受ける子」
そのものですので、笑ってしまいました。
(正確に言うと、主人の場合は「キレる」というより、「軽いパニックになる」ですが…)
主人は、自分の性格を良く理解しているので、外向的な面を意識することで世間との関わりを
模索しているように思います。
とはいえ、生来の鬱気質は健在で、こういった性格の人は生きにくいだろうな~とも思います。
反対に、私は「どこへいってもなんとかやっていけるタイプ」です。
こんな私達の話で総論を語ることはできませんが、もしかしたら、夫婦というのは、
無意識のうちに自分にないものを求めているものなのかもしれませんね。

それにしても、普段から多くのお子さんを見ていらっしゃる方でなければ見えないものが
あるんだなぁ、と強く感じました。
「ユングの『タイプ論』を幼児教育に生かすには?」という記事でも、

「直感」が主機能の子は、モンテッソーリの教具に興味を持たない子が多いです。
また、100玉ソロバンのような感覚に訴えるものも、拒絶します。


とありましたが、まさにその通りなのです。
抹茶はモンテッソーリ風の教具を、「お仕事として」楽しむことはあまり好みません。
百玉そろばんもしかり。
また、

抹茶ちゃんの物を分けるときの行動は、適当な量を配って、
そこからくるひらめきをたよりに適切な答えを導くという直感型の子に
多い考え方だなとも思いました。


という先生のアドバイス。
こういったことは、やはり、豊富な経験がないと気付きづらい部分ですから、
なおみ先生のアドバイスはとても参考になりました。

なんにせよ、自分とは違う「子どもの個」を見つめる良い機会でした。
この機会を与えてくださったなおみ先生に、感謝致します。
ありがとうございました!

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19:28 | 娘について
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 「子どもの個性と学習タイプ 見極め講座」によると***その2

今、虹色教室通信で「子どもの個性とタイプ♪ うちの子どんな子?」
という記事がアップされていますね。
先日なおみ先生からコメントを頂き、ちょうど私もユングの性格論について
考えていました。

なおみ先生から頂いたコメントはこちら

推測ですが、抹茶ちゃんは内向直感型の内向思考寄りの子ではないかな?
と思いました。
私や息子は抹茶ちゃんと近いタイプで、うちの娘は内向直感型の感覚寄りの子です。
娘の場合、直感はビジネスチャンスをつかんだり、流行に乗ったりするのに
役立ってますが、私も息子も高学年くらいから直感が思考を深める道具として、
数学的センスのような形で働きます。
どうして抹茶ちゃんがこのタイプだと思ったかというと、
トランプや百人一首で楽しく遊べていることがひとつです。
感覚が優れていて、思考が劣等の子は、こうしたシンプルで
背後の意味を推測することを求めるおもちゃで遊ぶのをいやがります。
自分の作った工作物より、目に鮮やかで素材感のあるものに惹かれるんです。
こうした違い、年齢があがるにつれてはっきりあらわれてくるので面白いですよ。

私は以前、先生がADD~のブログで記事にしていた時から
ユングの性格論を面白い!と感じていました。
実は、その遥か昔、高校時代にユングやお弟子さんの本を何冊か
読んでいるんですけどね…
当時の私にとっては、あまりピンとくるものがないまま通り過ぎただけの
ユングでしたが、物事に最適な時期というものはあるようで、この時は
なおみ先生の記事に強く惹き付けられます。

そして、そんな個人的ユングブームの中、私は、抹茶を内向的思考タイプ
だと確信していました。
というのも、主人がこのタイプ(正確に言うと、主人は、内向的思考タイプと
外向的思考タイプの部分を持っている人です)で、良く似ているなぁと
感じていたからです。
しかし、なおみ先生から「内向直感型の内向思考よりの子では」とお聞きすると、
たしかにそういう部分もあるなぁ…と、もう一度考えてみる事にしました。

ユングの性格論、8つの性格パターン

 *外向的思考タイプ
 *内向的思考タイプ
 *外向的感情タイプ
 *内向的感情タイプ
 *外向的感覚タイプ
 *内向的感覚タイプ
 *外向的直観タイプ
 *内向的直観タイプ

基本的には、主人も私も、抹茶に対し「内向的で、考える事が好きな子供なのでは」
と感じています。
漠然とですが、日常会話、おもちゃの選び方、遊び方、その時間…から、
そんな予感がするのです。
そして、「直感が思考を深める道具として、数学的センスのような形で働きます」
というくだりは、抹茶も通じるものがあるように感じました。
親バカの勘違いかもしれませんが、私も主人も
「抹茶は将来的に、ゆっくり考えて解く数学や物理を好きになりそうな気がする」
と話しているのです。
(その分、計算や漢字、年号の暗記などにはことごとく苦労しそうだとも…)

となると、なおみ先生のご指摘や、私の当初の考え通り、抹茶の場合は、
「内向的直感タイプの内向的思考タイプより」、あるいは
「内向的思考タイプの内向的直観タイプより」かな…と思います。
この二つ、似ているようで違いますから、私のような素人が判断をつける事は
とても難しいのですが…
個人的には、内向的直観タイプでひらめきを重視している子の方が、
内向的思考タイプで論理性を重視している子よりも、
自分の世界に没頭しやすい子なのかな?と感じました。
没頭することに理屈がないので、より没頭してしまう…というか。

抹茶は、一度集中すると外部の音を拒絶するきらいがあります。
耳が悪いのかとも思い、検診や保育園で聞いてみましたが、
そんなことはないとのお返事…
つまり、「聞こえないのではなく、耳に入らない」のです。
だとしたら、自分の世界に没頭しやすい子、ということから
「抹茶は内向的直観タイプの内向的思考タイプより」となりますね。

正直なところ、私の方が内向的直観タイプかな?と思っていたので、
なおみ先生のコメントを拝見した瞬間は、「え!?」と思ったのですが、
私の場合、同じ内向的直観タイプでも、補助機能が思考ではなく感情となり、
「内向的直観タイプの感情より」ですので、その性格は変わるのでしょうね。
一口に、内向的直観タイプといっても、補助機能の関わりもあり、一概には
言えませんが、今まで「主人そっくり!」と思っていた抹茶にも、私と似ている
部分があるのかもしれない…と思うにつけ、抹茶と私の不思議なつながりを
感じずにはいられません。

もちろん、ユングの性格分けは、あくまで大雑把な括りです。
その括りに縛られる事は滑稽なのかもしれません。
しかし、こういったことを考え、感じるのは私も大好きです。

それは、大雑把な括りの中にも、自己を見つめるヒントが沢山散りばめられて
いるからに他なりません。
自分の苦手な機能を受け入れ、後天的に発達させていく事は可能です。
そうすることで、自分の性格タイプとは違った人間の意見、行動を理解し、
受け入れることができるようになるはずです。
自分と異なるものを拒絶する瞬間、自分の未発達な機能が相手の中で
成熟しているのでは?と考える事。意識する事。
そうすることで見えてくるものは、きっと子供を育てていく上でも
重要なのではないかと思っています。

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23:06 | 娘について
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 「子どもの個性と学習タイプ 見極め講座」によると

以前、虹色教室通信で、なおみ先生は「子どもの個性と学習タイプ 見極め講座」
という記事を書かれていました。

1 自己流120パーセントの子ども
2 競争好き、負けず嫌い、することが効率的で利発な子ども
3 聞き分けの良い、素直で従順な子ども

このタイプの中では、抹茶は「自己流120パーセントの子ども」です。
記事では、さらに「自己流120パーセントの子ども」といっても、様々なタイプがいて、

a 神経質で慎重で自分のやり方へのこだわりが強い子ども
b 活発でおおらかで、自分のしたい事をいつも優先する子ども
c 習い事や学校ではとりあえず素直に従う、隠れ自己流120パーセントの子ども

がいる、とあります。
抹茶は、「神経質で慎重で、自分のやり方へのこだわりが強いタイプ」ですが、
「習い事や学校ではとりあえず素直に従う、隠れ自己流120パーセントの子ども」
という一面もあります。
小さな頃から保育園に通っているので、彼女なりの処世術なのかもしれません。

なおみ先生の記事では、「このタイプの子どもは、競争する事に興味がなく、
他人のする事を真似て学ぶ事が少ない」と続きます。
たしかに、抹茶はマイペース。
しかし、それは、周囲を気にしない、目に入らないことからくるマイペースさではありません。
どちらかというと、気にしすぎるあまり、周囲に付いていけないマイペースさです。

そのせいでしょうか、保育園では、登園後、園庭で外遊びをするのが日課ですが、
みんな我先にと園庭へ飛び出していく中、抹茶の走っている姿を見た事がありません。
「抹茶ちゃん、ほら、早くしないと遊ぶ時間がなくなっちゃうよ」
と先生が声をかけてくれても無視。(返事くらいして…)
ゆっくりゆっくり歩いたり、立ち止まったりしながら、じっと周囲を観察しているのです。
それは、お友達の洋服であったり、教室に貼られた新しい展示物であったりするのですが、
じっと見つめる抹茶の横顔を見る度、「この子を焦らせるのは厳禁だな」と感じます。

周囲からの働きかけによる一方的なインプットは向きません。
また、周囲との競争によるインプットも向きません。
おそらく、自分のペースを守ることが何より大事で、それ以外を受け付けることは
難しい子供なのではないか…と思います。
しかし、抹茶がその時に欲している知識や工夫を教えれば、その観察力ですぐに取り入れるので、
環境を整え、そっと後押しする程度がこの子を伸ばすのかな、とおぼろげながら考えています。

基本的に、インプット時期が長いため、「打てば響く利発な子」ではないのですが、
他の子と比べず、ゆっくり見守っていこうと思っています。

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19:07 | 娘について
comment(4)     trackback(0)
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