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 3歳8ヶ月なりの思考力

記事を書いていて気付いたのですが、3歳8~9ヶ月頃は、抹茶の思考力?が、
「抹茶なりに」伸びた時期なのかもしれません。
実際、この頃から、先を見通し論理的に話す機会が増え始めました。

お風呂に入れば、質問してもいないのに、

「このスポンジを奇麗にするにはね、こうやって手でぎゅっと絞るの。
そうすると、泡とお湯と空気が出るでしょう?
そうしたら、こうやって(流水の中にスポンジを入れながら)、同じ事を何度か繰り返すのよ」

また、レゴで遊べば、

「黒の3ポチ(「ポチ」は抹茶用語。1×3のブロックのこと)を探しておいて。
1ポチと2ポチでもいいんだけど」

こんな些細な事でも、論理的に状況を説明したり、先々必要になる物を人に伝えたり
ということはそれまでの抹茶になかったことです。
相変わらず「さ」と「ち」を読み間違えたり、ドッツもぱっとしない時期で、
「目に見えるような成長」はなかったのですが、抹茶は成長していたのかもしれません。

物語への疑問を口にするようになったのもこの時期なら、初めて折る「やっこさん」でも
左右対称を予測し、自分で折り進められるようになったのもこの時期。
「坊主めくり」「ババ抜き」「神経衰弱」などの「ルールがあるゲーム」を楽しめる
ようになったのもこの時期。
今、算数遊びの過去記事を読んでみましたが、なんと「わんぱくぶっく」でも「見通し」を
つけられるようになっていたのですね。

* はじめての読解?「こんとあき」
* 「わんぱくぶっく」で算数遊び、1~12

こうして冷静に振り返ってみると、全ては繋がっているのだと感じます。
そして、その「繋がり」の最初にあるものは、行動を伴う言葉なのではないかと
思うのです。私の場合、抹茶のちょっとした言葉をきっかけにして知育的な取り組み?
を開始しますが、子供の言葉に注意を向けると、大体「こんなことができそうだな」
「これはまだ無理そうだな」とわかり、大体はずさないような気がします。

幼児教育において、もっとも大事な事は会話だと言われていますが、
それは「会話で知識を与える」よりも、「子供の言葉に耳を傾け、教育をオーダーメードすること」
なのではないか、と感じています。

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07:22 | 娘について
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 精神的成長~良心の呵責

抹茶3歳9ヶ月頃の出来事です。
こちらも、幼児教育とは関係がないので、ご注意くださいね。

我が家では、お小遣いを与えています。
「食事前食事後にテーブルを台拭きで拭く」というお手伝いをさせ、
きちんと出来たら1日の終わりに10円あげる、というものです。

その10円を毎日貯めて、金曜日の夕方にコンビニでおやつを買う、
というのが無上の喜びである抹茶。(笑)
普段チョコレート、飴、駄菓子等は買わないのですが、この時ばかりは、
いかにも身体に悪そうな駄菓子を選んでもよし、ということにしています。
自分で働いて稼いだお金だからです。
そのため、「やりたくなければそれもよし、ただし10円はもらえないよ」
というと、さぼらず取り組んでいます。

そんなある日、いつものように私は夕食後の洗い物をしつつ、抹茶に聞きました。

「テーブルを台拭きで拭いてくれた?」
「うん」
「今日は自分から進んで拭いてくれたんだね。偉いね。ハイ、10円」
「ありがとう」

そして夜。
絵本の読み聞かせも終わり、さあ電気を消して寝ましょう、という段になってから、
抹茶はおずおずと告白しました。

「…あのね、抹茶ね、本当はテーブル拭いてないの…」
「え?本当は拭いていないのに、嘘をついて10円をもらっちゃったってこと?」
「………うん…ごめんね…」

私は本当に可笑しくて、叱るより先に笑ってしまいました。
「嘘をついてしまったことはいけないことだけれど、よくママに言ってくれたね。
それは偉いよ。よし、今からさっさっさ~とテーブルを拭きにいこうか!」というと、
「うん!」といって、いつもよりきびきびと丁寧に拭いてくれました。

私は、算数遊びやその他の知育的取り組みでの成長よりも、
こういった日常の些細な会話から見えてくる心の成長の方が、感動します。
幼いながらも、「良心の呵責に耐えかねての告白」なのです。
抹茶が「良心の呵責」という言葉を理解するようになるのは、ずっと先の事でしょうが、
実感として持っている。経験している。
それがきっと、豊かな感情を持った人間へと成長する大事なステップなのだと思っています。

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06:17 | 娘について
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 精神的成長~自己の客観視

抹茶3歳8ヶ月頃に、印象深かった出来事をもう一つ。
こちらも、幼児教育とは関係がないので、ご注意くださいね。

読み聞かせをしていた時のことです。
私は毎晩3冊読むことを抹茶に約束していますが、2冊目の途中で、
突然気持ち悪くなってしまったのです。
なんとか2冊目は読み終えましたが、脂汗が出るほどでした。

「ごめんね。ママはどうしても具合が悪いから、今日のところは2冊でもいい?」
「やだ、3冊って言ったじゃない!」

案の定、私を思いやるよりも、自分の利益優先の抹茶です。
でも、こちらも、その要求を聞き入れる事ができません。
意地を張っているのではなく、本当に辛くて読めないのです。
抹茶は不安になったのか、わんわん泣き出す始末。

「抹茶は、病気のママに優しくしてくれないの?」
「できないーうわーん!」
「できないのか、そうか~。じゃあ、ママには優しくしてくれなくてもいいけど、
他の人にはやさしくしてあげてね。それなら、できそう?」
「できないー」
「ママもパパもみんな、抹茶が病気のときは優しくしてあげているけどなぁ。
抹茶にはまだ無理なのかな?」

私はこの時、「できる」か「できない」か、2通りの定型の答え以外、頭にありませんでした。
おそらく「できないー、うわーん!」だろうとの予想。
ところが、しばらくの沈黙の後、

「今はまだ無理。4歳になっても無理だと思う。でも5歳になったら出来る」

こう、抹茶は答えたのです。
それまで、わんわん泣いてぐずっていたのに、その時だけぴたりと泣き止み、
まっすぐに宙を見つめていました。
その視線は、抹茶自身を見つめているようでした。
私は、はっとしました。
この時だけ、時間が切り取られていたような、不思議な感覚でした。
「自己の客観視」をしている…大げさですが、そんな印象を持ちました。

この「自己の客観視」。幼児には難しい課題です。
いつもぴったりとくっついて離れない「自己」を置いて、離れたところから見る。
これは、「他者に共感する能力」「他者の心を読む能力」に繋がっていくもの。
人間として生きていく上で何より必要なことです。
抹茶は、この先、どうやって「自己の客観視」を磨いていくのか、
ゆっくりと見守っていきたいと考えています。

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06:48 | 娘について
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 精神的成長~羞恥心

抹茶3歳8ヶ月頃に、私の実家へ帰省した際の、ちょっとした出来事なのですが、
妙に印象深いので記事にしてみようと思います。
幼児教育とは関係がないので、ご注意くださいね。

私と抹茶がお風呂に入っていた時のこと。
抹茶は、おもちゃのじょうろに冷水を入れ、私にかけました。
はじめの頃こそ、私も寛容に「冷たいからやめて~!」などと
笑いながら言っていましたが、まったくやめる気配のない抹茶に、
私も少々苛立ってきました。

「人がやめて、と言っているのだからやめてね」
「ふーんだ、ママなんて、あっちへいって!もう知らない!」
「それなら、ママはもう出るね。それから、明後日に抹茶と帰る予定だったけれど、
予定を繰り上げて明日一人で帰るね(淡々と)」
「…行かないでーーー!!!」
「人がやめて、と言っているのだからやめてね」
「…ごめんなさい(小声)」

ここまでは、いつもある風景です。
ところが、お風呂を出て脱衣所で体を拭いていると、抹茶はぼそりと、こう言ったのです。

「今のこと、ばあばに言わないで…」

「(すぐにピンときましたが、あえて)今のことって、なあに?」
「ママに冷たいお水をかけたこと…」
「どうしてばあばに言って欲しくないの?」
「恥ずかしいから…」

私は、この言葉を聞いたとき、思わず笑ってしまいました。
「恥ずかしい」と思う気持ちも素晴らしいのですが、
自分の行動を振り返って反省し、釘を刺すために言葉にするなんて、
なんて成長したんだろうと。
もちろん、この場合はそれほど褒められたものではありませんが、
「釘を刺す」というのは、言ってみれば「先を見通す力」です。

幼児教育業界での「先を見通す力」は、「洞察力」あるいは「推理力」と区分され、
図形系列、関係推理、回転推理等の具体物やペーパーをこなすことで訓練していきます。
しかし、まずは「感情からくる洞察力、推理力」があってこそだと思うのです。
そのためには、喜怒哀楽はじめ複雑な感情を知ること。
引いては、それが、読解力に繋がっていくのではないでしょうか。
「国語の読解力は全ての教科の基礎となる」とはよく聞く言葉ですが、
それは「感情の洞察、推理」を扱う教科だからなのだと思っています。

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06:56 | 娘について
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 イチゴで簡単算数遊び、1~20***その2

「イチゴで簡単算数遊び、1~20***その1」の記事はこちら

こちらも、ずっと取り組んでいなかったのですが、久しぶりに同じ事をしてみました。
現在抹茶は4歳1ヶ月。あれから一年弱経ちます。
『抹茶に成長はあるのかな?』と気にしつつも、そっと見守ったところ…

一枚目のお皿に、まず6個。
二枚目のお皿にも、6個。
三枚目のお皿にも、6個。

残り2個のイチゴは、一枚目二枚目のお皿に1個ずつ入れました。
最後に、

「もう1個あればいいのに」

とつぶやく抹茶。
お~、やはり、一年という歳月は大きいのか、「最初から一人6個ずつ配ること」が
出来るようになり、「もう1個あればキリが良い」という感覚も育ってくるようです。
また、一年前には、最後「い~ち、に~い、…」という確認の数かぞえもしていましたが、
今回は全くせず、本当に目だけで決めていました。
そして、数かぞえをせず、目で決めているせいか、私が想像していたより
ずっと動作が速いことに驚きました。
3歳の時も数かぞえをせず、目で決めていましたが、格段の差があります。

これが4歳としての普通の成長なのか、算数遊びの効果?なのかはわかりませんが、
数への感覚が良くなってきているのでしょうね。
なんにせよ、子どもは日々成長しているな、と感じた出来事です。

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06:58 | 算数
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