スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告
-    -

 英語について***その2

私が英語育児について慎重だったことは、昨日記事にしました。
よかったら、読んでみてくださいね。

「英語について」

さて、一口に「英語育児」と言っても、その取り組み方は様々ですね。
ざっと分けると、こんな感じでしょうか。

*英会話教室
*英語CD、DVDのかけ流し
*英語での語りかけ
*英語絵本
*英語の知育玩具

大体、この5点を組み合わせて日々の取り組みをされている方が
多いように思います。
我が家でもその例に漏れず、「英語CDのかけ流し」と「英語絵本」が主です。
そして、この「英語CD」ひとつとっても、種類は様々なのですが、
私が最初に与えたのは、王道ともいえる「マザーグース」。

この「マザーグース」にしても、抹茶の言葉の遅れが
ほぼ見られなくなった3歳半頃に与えました。
英語育児をされている方から見れば、相当遅いスタートだと思います。
しかも、この「マザーグース」は、抹茶が自分から聞くということがなかったので、
「かけ流し」の回数もごくわずかでした。
私は「抹茶が特別好まないものをわざわざ聞かせる必要なし」という考えなのです。

英語の早期教育業界では、

「BGMのように毎日●分~○時間(業者に寄る)かけ流す」
「そうすることで、自然に英語をインプットできる」

というような指導があります。
その考えで言うならば、親が「マザーグース」をかけ続けなければいけませんが、
前回の記事でも触れたように、そもそも私は「親がCDやDVDをかけ流す」ことに
疑問があります。

「何をするのかしないのかは、私ではなく娘自身が自分で選ぶこと」。
これは、娘を育ててきた中、一貫して持っている私の考えです。
とするなら、英語だけ特別ということはありません。
CD、DVDひとつかけ流すにも、娘に選択権があるはずなのです。

そこで、私は「娘が聞きたいと思ったときに、気軽に聞ける環境」を作ることにしました。
大した環境ではなく、子どもでも操作が簡単な「壁掛け式CDプレーヤー」
をリビングに取り付けただけですが、これはなかなか良かったと思います。

今現在、抹茶はこうして一日に1~2回、自分からフォニックスのCDを聞いています。
もちろん、上記方法なので、聞かない日もありますが、それは抹茶が選んだ選択なので
尊重しています。
聞かない日があってもいい、ずっと聞かなくてもいい、というスタンスです。
まさに「適当英語」…。

しかし、「どんなCDを聞くのか、いつ聞くのか、何回聞くのか」、
それは幼児にとって「どんなおもちゃで遊ぶのか、いつ遊ぶのか、どのくらい遊ぶのか」
と変わらないと思うのです。
「折り紙は毎日遊ばせなくちゃ」と強制的に与えないのと同様、英語のかけ流しも
そうであるべきだと、個人的には感じます。

こんな考えでは、何の身にもならない可能性の方が大きいでしょう。
「英語って嫌いじゃない」という最低限の目標すら叶わないかもしれませんが、
それでも良い、と腹をくくっています。
「幼児期は、自分のしたい事を自分で選択すること」。
私は「他にやりたいことが出来た時、娘自身が英語CDを消す」というくらいで、
ちょうど良いと思っているのです。

我が家の英語育児。
前回の記事では「色々悩んだ末に出した結論」と書いたので、肩すかしだった方も
いるかもしれません。
結局、私が悩んだこととは、「教室」や「教材」ではなく、「どう与えるのか」
ということだけなのです。
そして、自分の子育ての原点に立ち返ったとき、
「娘に選択させよう。親はその環境を用意するだけだ」とあらためて感じました。

にほんブログ村 教育ブログ 幼児教育へ
スポンサーサイト
05:55 | 英語
comment(4)     trackback(0)

 英語について

「知能に良い英語教育 知能に良くない英語教育 1」という記事で  
虹色教室通信のなおみ先生が、娘の言葉を取り上げてくださいました。

「欲しいおもちゃのイメージ(娘談)」

正直なところ、抹茶はこういった話をする際、とにかく夢中なので、
私としてはただ「楽しそうだな~」と微笑ましく見守っていただけです。
「推察したりイメージしたりすることが好きで、覚えることは苦手かな」
という感想は持っていましたが、「言語の創造性」だとか「母国語の力」
だとかいう高尚な事は、ゆめゆめ考えていませんでした。

しかし、なおみ先生の記事を読んで、子どもの独り言やイメージを口にする事、
また、「こう思う」と推察することの必要性をあらためて感じました。
どんなにつたなくても遠回りでも、「自分の思い」を言葉にする事こそが
母国語の質を高めていくことになり、またそうすることで思考力も磨かれていく…
このことは、英語教育を子どもに施す際に、忘れてはならないことなのでしょうね。

そして、偶然といいますか…
我が家も英語育児に関しては、慎重な姿勢を取ってきました。
その大きな理由は、二つあります。
まず第一の理由…これは、抹茶の言葉の発達です。

「言葉の発達」

「英語なんて贅沢は言わない」
「『ママ』でも『わんわん』でもいいから、一言お話ししてくれないかな…」

レベルの低い話で申し訳ないのですが、当時の私の切なる願いでした。

2歳の誕生日を迎え、少しずつ言葉が出るようになっても、あくまで「ママ」「わんわん」
レベルですから、英語なんて問題外です。
幸い、絵本の読み聞かせをしたり、童謡を歌いながら踊ったり、丁寧な言葉遣いを心がけたり…
といった日常の中で、次第に言葉は増えていきましたが、それでも私は慎重でした。

第二の理由…これは、私達夫婦が早期英語教育に疑問を持っているということです。
業者は「今のうちに『英語の耳』を作っておけば、将来苦労しない」というような台詞を
「臨海期」という魅惑的?な言葉とともに使いますよね。
たしかに、日本語は周波数の音域が低いので、高周波音を含む英語を聞き取れるように
なるには、乳幼児期に「英語耳」を作っておかなければならないのかもしれませんが、
思考力を伸ばす絶好の機会である幼児期に、英語を与えることが果たして良いのかどうか…

私の主人は帰国子女です。
主人は、幼児期と学齢期に二度アメリカで暮らしていますので、たしかに耳は良い。
おそらく「英語耳」を持っています。
しかし、それだけです。
いわゆる「受験英語」に役立ったかというと、そんなことはありません。
英語を使う仕事にも就いたことがないので、その「英語耳」は活かされることなく
仮死状態です。
対して、主人の父(私の義理の父)。
主人の父は、完全に「カタカナ英語」ですが、まったく問題なく英語を使い、
またその英語で仕事もしてきました。

そんな義理の父に、私は以前訪ねた事があります。

「お義父さんは、ネイティヴの発音の細かい違いを聞き分けられるのですか?」

すると、義理の父は、こう答えました。

「出来るわけありませんよ。でもね、会話をしている時に返ってくる単語というのは
「推察」できるでしょう?だから、概ね問題ないんですよ。聞き逃してしまったなら、
もう一度尋ねれば良いだけですしね(笑)」

この言葉を思い出すと、日常生活で英語を話す事が必須な子…英語圏に住んでいる、
または両親のどちらかが外国人である子以外は、それほど英語育児に熱心に
ならなくとも良いのかな、と思えてきます。
「推察」できれば良いのですから…。

「日本語でたっぷり会話をし、日本語の絵本もたっぷり読み聞かせをし、
英語のかけ流しは一日たった●分~○時間(業者に寄る)、だから大丈夫」

これは良く聞く言葉です。
もちろん理解できます。
実際、日本語への悪影響が出ずに、順調に英語力を伸ばしていらっしゃる方もいますが、
保育園児の抹茶にとって、家庭での時間は貴重です。
たとえ「かけ流し」だから、食事中や一人遊びの時にかければいい、といわれても、
首を傾げてしまいます。
ずっと「音(英語)」が流れている環境なんて、疲れないのだろうかと…。

では、幼児期に英語の取り組みを全くしないのか?

色々悩んだのですが、私が最終的に出した結論は「適当英語」です。
次回は、英語に関して慎重な私がしている「適当英語」を記事にしますね。
(記事にするほどの価値もないのですが!)

にほんブログ村 教育ブログ 幼児教育へ
07:32 | 英語
comment(2)     trackback(0)

 子供の自発性を優先させるということ***その2

これで最後です。
もう少し、おつきあいくださいね。

今は抹茶も少し大人になったので、こういった事は減ってきましたが、
時折この問題を思い出します。
そして、私達も子供に大して偉そうな事は言えないのだ…と、つくづく感じるのです。

私と主人はフリーで仕事をしています。
あまり時間に縛られることはないので、そもそも「時間に対する厳しさ」
というべき空気が、家庭の中で希薄です。
いつだったか、抹茶と粘土で遊んでいた時、私達の方が熱中してしまい、主人は、
「今日はピザの出前を取ってしまおう」
と言ったことがありました。
我が家では、そういったことは珍しくなく、親が偉そうな事を言う訳にはいかないのです。
(思い返すと、私の母もそういう人でした)

つまり、私達の生活、価値観が抹茶にも伝染している、と言えます。
それは、「時間の管理より、作品作りを大事にする空気」です。
「どうしてもやりたいならとことんやろう、という空気」です。
ただし、その「やりたいという気持ち」は半端な物であってはいけません。
周囲の人間に納得させるだけの熱意、迫力が必要である、と考えています。

100の家庭に100の空気があり、それは様々です。
時間管理に厳しい家庭は、その空気がきちんと子供にも伝わります。
そういった家庭では、きちんと約束事やルールが守れ、きびきびと行動できる子が育つでしょう。
それは、私も含め多くの親が望む子供で、一つの理想です。
しかし、その一方で、多くの親は相反するもの…
一つの事に熱中してほしい、とも望むのです。

私は、相反するこの二点を、一人の子供に強く望むのは矛盾しているような気がしています。
人間はそれほど完璧ではありません。
言葉は悪いのですが、どこかで諦めるのも肝要なのかな、と思うのです。

にほんブログ村 教育ブログ 幼児教育へ

06:54 | 教育方針
comment(2)     trackback(0)

 子供の自発性を優先させるということ

他人に迷惑をかけることは論外ですが、その他の約束事、例えば、
「遅刻をしない」「保育園(学校)を休まない」。
これら約束事と、「どうしても抹茶がやりたいと願っている何か」がぶつかった時、
私は迷うことがあります。

抹茶は3歳7ヶ月頃、プレゼントされたばかりの肩リボンのワンピースを自分で
着ようとしていました。
当時、身体の前でのリボン結びはできましたが、肩でのリボンを結びはまだできませんでした。
それでも、抹茶の中で「できそう」という思い、「やり遂げたい」という意志があったのでしょう。
何度も何度も集中してやっていました。
その表情、その姿は真剣そのもので、迫力すら感じたことを今でも覚えています。
迂闊に、
「長い針が「2」のところまで来ても、できていなかったらママが手伝うよ」
「最初にリボン結びをしてから着たら?」
などと声をかけても、

「黙ってて!目をつぶってて!」

と返されます。
結局、数十分の格闘後、運良く?肩でリボンが結べ、朝の会にギリギリ間に合いました。
降園後なら良いのです。
食事時間や入浴時間、読みかせの時間を短めにすることで、対処できます。
しかし、「今すぐ出ないと遅れる」というような時、どうするのか。
親の教育方針が問われるようで、難しい問題だな、と感じます。

「今から、子供の言いなりになって良いのか。それでは子供がわがままになるだけで、
将来のニート、引きこもりを作っているようなもの。
時間になったら、引っ張ってでも保育園に連れて行くのは当たり前でないか」

と、いう考えがあります。
もちろん、私の中にもあります。
しかし、その一方で、別の考えが頭をもたげるのです。

集中して物事に取り組んでいる抹茶を諭し(時には叱り)、保育園へ引っ張っていく事は
果たしてプラスなのか…。
保育園は義務教育ではありません。
ならば、「遅刻致します」と電話一本入れれば済む事ではないのか…。

そして、この問題の根本を見つめると、
義務教育である小学校中学校でさえ、『どうしてもやりたいと願っている何か』
があるのなら、休んでも良いと思えてきます。(私立の学校では退学になってしまいますが)
消極的な意味での欠席ではなく、積極的な意味での欠席だからです。
今はまだ、抹茶が義務教育期間どのように育つのか、わかりません。
大きくなれば、周囲と足並みを揃える事も覚えるでしょう。
しかし、「目の前の事が全て」という幼児期の間ぐらい、抹茶のペースに合わせても
良いのでは…と思うのです。

ちなみに、夕方、抹茶をお迎えに行ったとき、ワンピースの肩リボンは
とても奇麗な形でした。
抹茶はここまで奇麗に肩リボンは結べないだろうな、と思った私は、娘に聞いてみました。

「保育園では、リボン結びが出来た?」
「ううん、抹茶は自分でやりたかったんだけど、時間がかかってね。なかなか出来ないから
 先生がやってくれた。このワンピースを、保育園に着ていくのは無理だね~」

と言うではありませんか。
その表情から、悔しい思いは読み取れません。
『出来るんだけど、やっぱり時間がかかるし、先生に迷惑をかけるのが恥ずかしいんだよね』
というような表情です。
朝、集中してやり遂げたことによる充実感、プライドも持ち合わせながら、
実生活との擦り合わせを抹茶自身が決めたのです。
「そうだね、このワンピースは休日に着るといいよ」と言ったところ
「うん、そうするね」と、納得していました。
その晴れやかな表情を今でも覚えているほどです。
遅刻を気にしてせかしたら、この成長はなかったのではないかと思います。

にほんブログ村 教育ブログ 幼児教育へ
07:36 | 教育方針
comment(2)     trackback(0)

 伊勢原市立こども科学館、ふれあいミニ教室

伊勢原市立こども科学館では、毎週土日祝日に「ふれあいミニ教室」が開催されています。
10分程度の簡単な工作ですが、その内容が楽しく素晴らしいので、ご紹介しますね。

詳しくは、伊勢原市立こども科学館、ふれあいミニ教室」へどうぞ

抹茶が最初に参加したのは「お雛様」。

CIMG0151.jpg CIMG0152.jpg

今回は、抹茶がお雛様を折るにはまだ早いね…ということで、職員の方が折ってくださいました。
優しい職員の方に「何が出来るかわかるかな~?」と声をかけて頂き、途中で、「お雛様?」と
おそるおそる口にする抹茶。
「正解!」と言われた時は、警戒心むき出しの抹茶も嬉しそうでした。

このお雛様。
折り紙を何枚も使って表現している十二単が、とても立体的で美しいのです。
私も、折り紙でこれだけ素敵なお雛様が出来るんだと、ただただ感心してしまいました。
そういえば、先日、保育園で飾られているお雛様を見た際に、「十二単だ」と呟いていたので、
抹茶にとっても相当印象深いものだったのでしょう。
(我が家では、まだお雛様を出していません…ひ~!)

次に参加したのが「きらきらスティック」。

CIMG0150.jpg

抹茶と私は、たぬき先生(職員の方)の指示のもと、一緒に作りました。
きらきらと輝くテープなので、理科的工作に興味のない女の子でも、はまること請け合いです。
しかも、なかなか面白い動きをするのですよ。いや~、伝えられなくて残念…
今度材料を揃えたら、記事で紹介したいな、と思っていますが、お近くの方は、ぜひ
伊勢原市立こども科学館、ふれあいミニ教室へ足を運んでみてくださいね。
(回し者ではありませんので…)

にほんブログ村 教育ブログ 幼児教育へ
07:32 | 図工
comment(0)     trackback(0)
| HOME | next
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。