スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告
-    -

 子供の自発性を優先させるということ

他人に迷惑をかけることは論外ですが、その他の約束事、例えば、
「遅刻をしない」「保育園(学校)を休まない」。
これら約束事と、「どうしても抹茶がやりたいと願っている何か」がぶつかった時、
私は迷うことがあります。

抹茶は3歳7ヶ月頃、プレゼントされたばかりの肩リボンのワンピースを自分で
着ようとしていました。
当時、身体の前でのリボン結びはできましたが、肩でのリボンを結びはまだできませんでした。
それでも、抹茶の中で「できそう」という思い、「やり遂げたい」という意志があったのでしょう。
何度も何度も集中してやっていました。
その表情、その姿は真剣そのもので、迫力すら感じたことを今でも覚えています。
迂闊に、
「長い針が「2」のところまで来ても、できていなかったらママが手伝うよ」
「最初にリボン結びをしてから着たら?」
などと声をかけても、

「黙ってて!目をつぶってて!」

と返されます。
結局、数十分の格闘後、運良く?肩でリボンが結べ、朝の会にギリギリ間に合いました。
降園後なら良いのです。
食事時間や入浴時間、読みかせの時間を短めにすることで、対処できます。
しかし、「今すぐ出ないと遅れる」というような時、どうするのか。
親の教育方針が問われるようで、難しい問題だな、と感じます。

「今から、子供の言いなりになって良いのか。それでは子供がわがままになるだけで、
将来のニート、引きこもりを作っているようなもの。
時間になったら、引っ張ってでも保育園に連れて行くのは当たり前でないか」

と、いう考えがあります。
もちろん、私の中にもあります。
しかし、その一方で、別の考えが頭をもたげるのです。

集中して物事に取り組んでいる抹茶を諭し(時には叱り)、保育園へ引っ張っていく事は
果たしてプラスなのか…。
保育園は義務教育ではありません。
ならば、「遅刻致します」と電話一本入れれば済む事ではないのか…。

そして、この問題の根本を見つめると、
義務教育である小学校中学校でさえ、『どうしてもやりたいと願っている何か』
があるのなら、休んでも良いと思えてきます。(私立の学校では退学になってしまいますが)
消極的な意味での欠席ではなく、積極的な意味での欠席だからです。
今はまだ、抹茶が義務教育期間どのように育つのか、わかりません。
大きくなれば、周囲と足並みを揃える事も覚えるでしょう。
しかし、「目の前の事が全て」という幼児期の間ぐらい、抹茶のペースに合わせても
良いのでは…と思うのです。

ちなみに、夕方、抹茶をお迎えに行ったとき、ワンピースの肩リボンは
とても奇麗な形でした。
抹茶はここまで奇麗に肩リボンは結べないだろうな、と思った私は、娘に聞いてみました。

「保育園では、リボン結びが出来た?」
「ううん、抹茶は自分でやりたかったんだけど、時間がかかってね。なかなか出来ないから
 先生がやってくれた。このワンピースを、保育園に着ていくのは無理だね~」

と言うではありませんか。
その表情から、悔しい思いは読み取れません。
『出来るんだけど、やっぱり時間がかかるし、先生に迷惑をかけるのが恥ずかしいんだよね』
というような表情です。
朝、集中してやり遂げたことによる充実感、プライドも持ち合わせながら、
実生活との擦り合わせを抹茶自身が決めたのです。
「そうだね、このワンピースは休日に着るといいよ」と言ったところ
「うん、そうするね」と、納得していました。
その晴れやかな表情を今でも覚えているほどです。
遅刻を気にしてせかしたら、この成長はなかったのではないかと思います。

にほんブログ村 教育ブログ 幼児教育へ
スポンサーサイト
07:36 | 教育方針
comment(2)     trackback(0)
| HOME |
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。