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 精神的成長~自分なりの判断

「虹色教室通信」で紹介されていたごゆっくりさん」の記事を拝見しました。

2歳のジュリーちゃんがディズニーランドで意を決してドナルドに会いにいく様子が
丁寧に書かれていて、『あ~、懐かしいなぁ』と、抹茶の小さな頃を思い出してしまいました。

実は、抹茶も3歳の頃、東京駅のピンクパンサーショップで似たような経験をしているのです。
その日は休日だったせいか、大きな着ぐるみのピンクパンサーがショップ内にいて、
小さな子ども達に握手をせがまれていました。

そんな中、私の後ろに隠れて微動だにしない抹茶。
私は「握手してもらう?」と一応聞きましたが、案の定抹茶は「いい」と即答。
「じゃあ、他のお店にいこうか(ママはNHKのテナントショップに行きたいのさ)」と聞くと、
「やだ、いかない」。
『あ、そう…』ということで、しばらくそこに立ち尽くしていましたが、義理の父が他のお店に
行ってしまったので、「ほら行くよ~」と引きずるように連れて行きました。

しかし、そのお店でも「やっぱり、さっきのお店にいく」と言います。
顔つきから抹茶の真剣さが伝わってきたので、私達はピンクパンサーショップへ戻りました。
そして、また微動だにしない時が流れた後、抹茶ははっとした表情を見せ、ふと呟いたのです。

「中に…中に人がいるんだ」

私はこの言葉を聞いたとき、なぜか感動しました。
「なぜ、あんなぬいぐるみのようなものが動いているのか」という疑問をずっと長い間
抱き続け、自分一人で答えを探し出した抹茶に成長を見たのです。

自分で答えを見つけ出した抹茶は、「納得したから大丈夫」とばかりに、ピンクパンサーに
向かって、ゆっくりと一歩一歩近づいていきました。
そして、握手をしてもらい、満足そうに戻ってきました。




抹茶はそれ以来、こうした着ぐるみを見ると必ず、「中に人がいるから大丈夫なんだよね」
と、にっこり笑います。
もちろん、お子さんによっては、中に人がいるかどうかなど気にせず、己の好奇心のままに、
ピンクパンサーに近づいていく子もいるのかもしれません。
賢いお子さんだったら、抹茶よりもずっと早く、中に人がいる事実を見つけ出すでしょう。
でも、抹茶は抹茶なりのテンポで、全身全霊をかけ、脳みそをフル回転させ、
ピンクパンサーについて考えていました。

たとえそれが、大人からするとくだらないようなことであっても、子どもにとっては
何ものにも代え難い、核のようなものになっていくのではないかと感じています。

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06:17 | 娘について
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 前世の記憶?

リンクを貼らせて頂いているママラッチさんのブログで、「魂のルーツ」という記事が
掲載されています。

残念ながら私は前世の記憶というようなものを全く待ち合わせていませんが、
私の友人が笑いながら語っていたことを、ふと思い出しました。

「なぜだかわからないけれど、武士を感じさせるような概念に触れると泣いてしまう。
これって、何だろうね。前世の記憶とか?」

彼女は輪廻転生を頑に信じている人ではありませんが、ふとした時に思い浮かぶ
武士の映像があり、その映像は自分でも驚く程自分を号泣させる、とも語っていました。
武士道にたまらなく心引かれ、「葉隠」を読んでも泣けてくるのだとか。
私に「葉隠」の中の有名な一節、『武士道と云うは死ぬ事と見つけたり』と呟くだけで
泣いてしまうのですから、相当なものです。

そんな彼女。
最近、手相占いや人相占い、はたまた字画占いなど、専門の人にみてもらったところ…。
見てもらう人見てもらう人全員から「あなたは男だわ…」と断言されたそうです。
「あなたは、女としての幸せから遠いわ。でも、仕事では成功する」とも。

実際、彼女は「私は結婚するつもりも子どもを産むつもりもない」と断言します。
一昔前に流行った「負け犬の遠吠え」風ではなく、もう本当に心底そう感じるといい、
それは私も妙に納得してしまう…それ以外に生きる道はなかろう…と思わせる程の
気迫を彼女は持っているのです。
彼女は私と同業ですが、その生き様は随分違うのですね。
もちろん、友人ですから似た価値観やものの捉え方をする面も多いのですが、
根本的に流れるものが全く違うのです。

「○○さんの生きるテーマは何?」
私は以前、彼女にこう聞いてみた事があります。
すると彼女は、「自分の果て…限界を知りたい。自分の釜の底を見たい」と語りました。
『ああ、なるほど…戦う男だなぁ』と至極納得したことを覚えています。




私は、こうした『前世の記憶かもしれない…』と思える程、強く、たまらなく惹き付けられる
ような記憶を持ってはいませんが、かといって、輪廻転生を否定しようとも思いません。
信じているわけではないのですが、私にとっては、ロマンに近いものでしょうか。
昔読んだ「ぼくの地球を守って」を思い出してしまいますよ。ほほほ。(年がばれるな!)

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07:38 | 未分類
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 カブトムシの飼育

この夏、我が家で飼育していたカブトムシが、ついに息を引き取りました。

抹茶はメスが死んだことを確認した朝、「保育園のお庭に埋めたい」
といって、亡がらを園まで持っていきました。
先生からシャベルを借り、抹茶の大好きなトマトの苗の側に、
お友達と二人で埋めたそうです。

その数日後、オスが死んだ際にも「メスの隣に埋めてあげるの。
死んじゃっても、ずっと仲良しでいられるように」と話していました。
そう語る抹茶の表情に涙はありません。
「卵が生まれていると思うからね。赤ちゃんがいるから大丈夫」。

そして昨日、お待ちかねだった「卵確認」をしました。
(メスの死亡後、1~2週間後に卵を確認できるのですよ)
マットを新聞紙の上に広げ、そうっとそうっと確認してみると…1個の卵を発見!
たった1個ですが、家族で盛り上がりました。




カブトムシはクワガタと違って越冬できないことをあらかじめ説明しておいた
とはいえ、抹茶は自然に死を受け入れ、次世代に目を向けていました。

こうして小さな命の連鎖を繰り返し体感していきながら、人の「生」や「死」を
言葉でなく感じていってほしいな、と思っています。

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10:03 | 理科
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 子どもとテレビ、ビデオの上手な付き合い方

日経Kids+10月号には、巻頭特集の「早期教育VSスロー教育」の他にも
「子どもとテレビ、ビデオの上手な付き合い方」なる特集も組まれていました。
読者566人に聞いた「テレビ、ビデオを見るとき、どんなルールを決めていますか?」
というアンケートでは、以下のような結果が出ています。

●一日に見る時間を決める…113人
●テレビから離れてみる…94人
●食事中にはテレビを見ない…71人
●宿題など、決めたことが終わるまで見ない…57人
●見ていないときは消す…43人


視聴時間のアンケートでは、平日1~2時間がもっとも多く、1時間未満の子どもと合わせると
2人に1人は2時間未満という結果が出たそうです。
休日になると2~3時間がもっとも多く、3~4時間と合わせると約42%という結果に。
休日は朝8~10時に子ども向け番組が集中しており、平日に比べてダラダラと見てしまう
傾向にあるようですね。
こうした結果を受けて、専門家は

『15分たったら消して親子の会話を挟む。1日2時間までを限度に』

と述べていましたが、NHK教育番組ならまだしも、子ども向けアニメや戦隊ものは
30分番組が多いので、『15分たったら消して』という提案は現実的でないのでは…
と感じてしまいました。
せいぜいが「30分たったら消して」かな、と。
ちなみに、抹茶が気に入って見ているこどもちゃれんじEnglishのDVDも25分です。
これを途中で消したら抹茶に怒られる。(笑)

ただ、抹茶は視力がやや弱く、テレビの視聴時間は視力の面から考えても
短いに超したことはないので、我が家では「1日の視聴時間はDVDを含めても30分まで」
と決めています。
30分の内訳は抹茶が自分で決めていて、こどもちゃれんじEnglishのDVDか
朝のNHK教育番組(えいごであそぼ、にほんごであそぼ、ピタゴラスイッチで合計25分)。
土日でも30分です。
抹茶から「見たい見たい」と言ってくることはあまりないので、「1日30分」は
本人にとっても丁度良い時間なのではないかと思っています。

ちなみに、抹茶は今でこそこうして1日30分程テレビを見ていますが、
ずっとノーテレビで過ごしてきました。
ノーテレビから方針転換したのは、年中春頃からです。
切り替えた理由は、特に理由があったわけではなく、ただ単純に
「主人が単身赴任から帰ってきて、テレビをつけるようになったから」と言えます。
私はテレビを全くといっていいほど見ないため、私と二人で生活していたときは
希薄だったテレビの存在が、主人が一度「抹茶の機嫌が悪いから~」と
テレビをつけてしまったことで、その存在感が増してしまったのです。
主人もテレビをつけっぱなしにするような人ではありませんが、やはり影響はあり、
ノーテレビの生活に戻すのが難しくなってしまった…といいますか。

日経Kids+10月号でも、そうした家庭の事情を踏まえ、「全くテレビを見せない」
というのも現実的ではないと、「テレビ、ビデオの見方を変えるポイント」が
紹介されていました。

●見る番組を選んで決める
●テレビ、ビデオを見る時間を決める(1日○時間コース)
●ゲームをする時間を決める
●食事のときは、テレビ、ビデオ、を消す
●ノーテレビ・ノーゲームデー(1日コース)に挑戦
●ノーテレビ・ノーゲームウィーク(1週間コース)に挑戦
●遊びにいくときに、ゲーム機を持っていかない
●友達同士で遊ぶとき、できるだけゲーム機以外で遊ぶ


「言われなくてもわかっとるわい、でもできないんじゃ~」といった叫びが聞こえてきそう
ですが、本当に大切なこととは、テレビ、DVDの視聴時間云々ではないのでしょう。

さすがに見過ぎなのは問題ですが、テレビという媒体を使って、より高度な次元を学ぶことも
可能ですし、そこまでいかずともテレビをきっかけに親子で話し合い、コミュニケーションを
深めていくことができるはずだからです。
問題なのは、テレビに子育てをまかせっぱなしにして親が楽をすることで、
これはDSやWiiなどのゲームでも同じことが言えるかと思います。

我が家の場合も、それほど神経質に「テレビは断固反対!」としているわけではありません。
「1日30分」もそれほど厳密な数字ではなく、良質な番組や映画はOKです。
そうした番組で視野を広げてほしいとも思っているのですが、いかんせん抹茶は見ない。
いえ、見られないのですよ。
私も主人もピクサーのアニメを「小憎らしいほど、良く出来ている作品」だと思っているので、
数本持っているのですが、抹茶は「ミスターインクレディブル」はおろか、「カーズ」すら
「怖い、消して」と言います。
「ぶつかる音が怖い」のだそうです。
え?そう?と無神経で大雑把な母は考えてしまうのですが、ラッタ君と同じく、前世に何か
あるのもしれんのう…と思いを馳せるワタクシ。




あ、話が脱線してしまいました。スミマセン。

マミ~さんのBBSでも取り上げられていましたが、テレビやゲームに関しては
各家庭で色々なルールがあり、価値観も様々です。
一概に何が良くて何が悪いかは言えません。
でも、私個人は、「家庭のルールについて自信を持って答えられるか否か」が
一番大事なことだと感じています。

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10:02 | 教育論
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 早期教育VSスロー教育***久保田式

「日経Kids+10月号」では、今注目を集める「久保田式」を生んだ、
脳科学者の久保田競さんにもインタビュー。
後伸びを生むコツが紹介されています。

<0歳~5歳のうちに脳に働きかけたいこと>

 ●言葉掛け、音楽などの「聴覚」を使う遊び
 ●景色や色など「視覚」を育てる遊び
 ●歩く、走るなどの「運動」を日課に
 ●あいさつ、早寝早起きなどの「生活習慣」

<5歳~10歳のうちに脳に働きかけたいこと>

 ●「気持ち良さ」を感じる習慣を与える
 ●親が手本を示して「まねをさせる」
 ●物事をやり抜く「達成感」を教える
 ●「日課」を一つでも多く習慣化すること

久保田氏は、脳の神経細胞が最も発達するのは、1歳~3歳のころ。
この時期にたくさんの刺激を脳に与えてやることが大切だと言う。
しかし、言葉や計算の練習、英会話など、詰め込み型の早期教育をするのではない。

「刺激といっても、知識を蓄えさせることではなく、まずは脳の機能を呼び起こすことが
先決なのです」(久保田さん)。

1歳までには、名前を呼んで話しかける、身体をなでる、手足を使った遊びを教えるなど、
五感を呼び覚ますことから始める。さらに5歳くらいまでに美しい景色を見せる、
いい音楽を聴かせる、外の自然に触れさせる、運動をさせるなど、子どもが
「面白がる」感覚を通して脳機能を高める経験を積んでいく。

「その時大切なのが、親が手本を見せること。人の行動を見てまねすると、
ミラーニューロンというシステムが前頭連合野と頭頂連合野という脳の領域を働かせる。
新しい行動が身に付きやすくなるうえ、脳の機能も高まります」(久保田さん)。

こうして脳に刺激を与えながら、幼少期に一つでも多くの習慣を身につけておく。

「習慣が面倒だと感じる自我が芽生える前に、早寝早起きやあいさつなどの
簡単な習慣を身につけておく。習慣を習慣だと感じなければ勉強も苦ではなくなる」
(久保田さん)。

脳の機能を呼び起こすのは、3歳までの早期に超したことはないそうだが、かといって
「手遅れになる年齢もない」と久保田さんは力説する。




私は、この「久保田式理論?」を読んで、『あれ?なんだか普通だな…』と感じました。
0歳~5歳のうちに脳に働きかけたいこと、5歳~10歳のうちに脳に働きかけたいこと、
共に、ごく普通のナチュナルな育児ですよね。
そこに奇抜さは無いので、なぜテレビで取り上げられるほど話題になっているのか
不思議だったのです。

そこで私は、その謎?を解くべく「くぼたのうけん」というお教室のHPに行ってみました。

そして…
HPに掲載されているカリキュラムを見て、なぜ話題に上るのかわかるような気がしました。

具体的なカリキュラムの一例(0ヶ月~3ヶ月ごろまで)
~全てお子様の発達段階に合わせて細かくプログラムされております~

 ●お母さんの小指を握らせる
 ●上からゴム等で引っ張りやすいようにおもちゃを吊るし、自分から手を出すことを
  覚える
 ●両手で太鼓を叩く。左右均等に手が使えるようにするため。
  少し慣れてきたら、手首を曲げることを覚えさせるために太鼓のバチを持たせて
  太鼓を叩かせる。バチの重さで手首が曲がる。
 ●イナイイナイバアで待つことを覚えさせる。
  イナイイナイを長くすると自然と足をバタバタさせて意志を伝える。
 ●布の中に赤ちゃんを寝かせてゆっくりゆらし、おろしの繰り返しで寝返りが
  早くできるように促す。
 ●ボールなどを転がして目で追わせる。途中ボールを隠して(注視)同じ場所から
  ボールが出てくるのを目で追う。
  ボール転がしの際は転がしてから到着地点まで全て目で追えるようにさせる。


言い切ってしまうこの力強さは、今の若い人達になかなかないものなので、
それだけでもテレビ的には価値がありますよね。(笑)話題になるのも頷けます。

また、こうしたカリキュラムを親子で取り組むことは、親子のスキンシップを増やす
ことに繋がりますし、スキンシップが悪いわけはないので、支持されるでしょう。
「おばあちゃんの昔の知恵」を脳科学と組み合わせた独自理論も、カヨ子おばあちゃんの
強烈な個性と相まって、不思議な斬新さを醸し出しているような気もしますが…

「くぼたのうけん」に子どもを入れたいかと問われれば、私はNoだな…と思います。
なぜかというと、私個人は、こうしたカリキュラムに乗っ取って育児をすることは、
早い時期から子どもを競争の場に放り込むことになるのではないかと気がかりだからです。
『赤ちゃん本人に競争意識がなくても、親や教師は発達の早い子に自然と気が向いてしまう
ような環境なのではないか…』。そんな疑問が頭をもたげるのです。
もちろん、私は実際にお教室へ見学に行ったわけではありません。
こうしたお教室にお子さんを入れても『他のお子さんなんて全く気にならないわ』という
素敵なお母さんばかりかもしれませんし、そもそもそんな環境ではないかもしれませんが、
やはり意識しやすい場なのはたしかだと思うのです。

そして、そうしたカリキュラム重視の親の意識が、親のカンというものを鈍らせていく
のではないかと感じるのです。

私が好きな臨床心理学者の河合隼雄さんは、著書「こころの子育て」の中で、
質問者のお母さんにこう語っています。

Q 「いまの子育てで気になることといったら何でしょうか」
A 「親としてのカンを磨くのをサボりすぎていることです」


「親としてのカンを磨くのをサボりすぎている」。
この言葉を思い出すと、赤ちゃんからの早期教育をお教室にアウトソーシングすることは、
たとえ赤ちゃんの発達を促すことに繋がったしても、その代償として親のカンが失われる
危険性も孕んでいるのだと感じずにはいられません。

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08:37 | 教育論
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