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 コミュニケーション能力***その2

つい先日も、いつものように砂場で大きなお団子を作っていたところ、
3歳くらいのお子さんを連れたお母さんがやってきました。

多くの子ども達がこの特大団子には引き寄せられるので、そのお子さんも
「ママ、あれ作って」と、お母さんにねだります。
しかし、「ママには出来ないな~」と、一瞬でその願いは取り下げられてしまいました。
私は「簡単ですよ~」と一言伝えましたが、「いえいえ~」という様子だったので、
あまりしつこく勧誘するのもどうかと思い、その場は引きました。

結局、私が作ったお団子を抹茶に渡し、「あげておいで」と言うと、
お母さんは、「すみません、ありがとうございます~」と丁寧にお礼を言ってくださいました。
その後も、しまじろうのお砂場セットでお子さんのおままごとにつきあっておられる、
上品で素敵な方でした。

何も問題はないはず…。

けれども、私はこうした日常のふとした光景を見るにつけ、見えない壁のような存在を感じます。
お団子が出来ないと決めつけてしまう壁。
お団子作りから派生していかないコミュニケーションの壁。

これが子どもだけの場合、不思議と上手くいくのです。
「作ってみる?」と聞けば、大抵みんな「やる~」と答えます。
そこには、出来る出来ないの壁もコミュニケーションの壁も存在しません。

昨今、子どものコミュニケーション能力の低下が叫ばれていますが、私が公園で接する
子ども達は、ちょっとのきっかけを大人が与えてあげれば、すぐに生来のコミュニケーション
能力でとけ込んでいきます。
コミュニケーション能力が下がっているのは、私も含め、むしろ大人の方です。

私もそうなので偉そうなことは言えないのですが、大人はどうしても他のお母さん…
特に初対面のお母さんがいると、子どもではなくそちらが気になってしまうのではないか
と感じています。
すると私も、いつもの調子で「水を組んできて~」と他所のお子さんに頼めず、
余計な気を使い、遠慮し、純粋にその場を楽しむ余裕がなくなっていくのです。
抹茶にも「使っていないスコップを貸してあげたら?」だとか、「順番ね」だとか、
自然自然に良い母?を演じようとしているのですよ。恐ろしいことに!
私は本来、「そんなつまらん話は自分達で解決しろ」というスタンスなのにも関わらず、です。

私は専門家ではないので、詳しいことはわかりませんが、こうした親の意識は子どもも敏感に
感じ取っていて、親が身にまとっている壁を自らもまとっていくようになるのでは?と思います。
「壁」の連鎖ですね。

そして、この「壁」のことについて考えると、子ども達から「おばちゃんさ、なんかいいよ」
というお褒めの言葉?をもらったのは、その時の私が、壁のない、生来の子どもに近い状態
で遊んでいたからではないか…と思うのです。(自分勝手なだけとも言いますが)




もしかすると、現代の子育て中の大人達は、他人との距離をはかりかねているのかもしれません。
第二次ベビーブームの頃に生まれ、親も終戦後に生まれた世代が多い。
私も私の親も戦後急速に広まった個人主義の波の中を生きてきました。
私の親の世代は、その親(私の祖父母)の世代が戦前生まれですので、個人主義の影響を
強く受けずに育っていますが、私達の世代になると、その影響は色濃く出ます。

日本人は長い間村社会の中で助け合って生活を支えてきた国です。
個人主義といっても、キリスト教を背景に背負っていないので、どうにも核がありません。
しかも、村社会の生き方も否定しているので、どっちつかずで不安定です。

そうした時代の流れの中で「コミュニケーション能力の高い子どもに育てよう」と考えるなら、
大人が壁を取り払い、外へ出て行かなかればならないのでしょう。

私の場合、せいぜいが虹色サークルと特大団子作り程度(能力ねえな!)ですが、
こんなものでも、大人が純粋に楽しんでいるなら、子どもは寄ってくるし、案外盛況だな…
と感じています。

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13:50 | 未分類
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 コミュニケーション能力***その1

コオロギが涼しげな音色を響かせ、本格的な秋の気配を知らせてくれています。
日暮れは早くなりますが、爽やかな秋の風を感じながらの外遊びは子どもにとって
も親にとっても気持ちのよい時間ですよね。

さて、外遊びといえば公園、公園といえば砂場。
最近は水道がない公園も多いので、砂場遊びにバリエーションを出せず、
そのせいか砂場に人が集まらない…という話を聞いたことがありますが、
幸い、我が家の近所にある公園は水道があります。
その水を使えるせいか、たしかに、子ども達には砂場が人気です。

ちなみに私は、抹茶と二人だけで公園へ出かけると、砂場で大きなお団子を
作ることにしています。
直径15センチ。
ただそれだけですが、見慣れたお団子がものすごく大きいだけで、子ども達は
興味津々でよってくるのですよ~。

「すげ~」
「でけ~」

遠巻きに見ている子に「大きいでしょう?」と笑いかけると、うんうんと頷きます。
積極的な子は「俺にちょうだい」といってきますが、私はあげません。(笑)

「や~だよ。これはおばちゃんのだからね」
「え~、ケチ~」
「作り方なら教えてあげるよ。やってみる?」
「うん、やるやる~」

見知らぬお子さんを巻き込んでお団子工場が動き出します。

「ね~、これでいいの?」
「お~、上手上手。そのあとさらさらの砂をふりかけてね」
「なんだか、ぐちゃぐちゃになっちゃう」
「水が多すぎるよ。最初が肝心だから、丁寧にね。見ててね」
「俺、できた。こうでしょ?俺上手くない?」
「上手い、上手。勘がいいね。もっと大きくできるよ~」

この間、抹茶は放ったらかしですが、そういえば抹茶が怒ったことはありません。
知らないお友達が自分の近くに来てくれたことを嬉しく思っているフシがありますね。

「もう水がないよ~」
「じゃあ、水道から汲んできて」
「抹茶が汲んできてあげる」
「ねぇ、さらさらの砂ってどこにある?」
「自分で探してね」
「こっちにいいのがあるよ~!」

私は基本的に子ども達に関してあまり関与しません。
むしろ、自分のお団子作りに熱心ゆえ、ちょっかいを出されたら本気で怒るくらいです。

「意地悪するのやめてって、何度も言っているでしょ。これ以上おばちゃんのお団子に
ちょっかい出すなら向こうで遊んで」

ビシッと言います、ビシッと。
男の子は『やべぇ』という顔をして、「ごめ~ん」といったあと、もう元通りの表情で
悪びれもせず引っ付いてくる。大したもんです。
この時は結局、なんだかんだいいつつも、不思議と子ども達はその場を離れず、
1時間以上もの間、たった一つのお団子を作り続けました。

そして、最後に子ども達は私に聞きました。
「おばちゃんてさ、なんでずーっとお団子作ってるの?」
私は答えました。
「そんなの、楽しいからに決まってるでしょ」

子ども達は「ふ~ん」という表情を見せた後、「おばちゃんさ、なんかいいよ」と
言い残し、帰っていきました。
その後ろ姿に『なんかいいって、なんだよ。漠然と褒めるなよ。』と問いつつ。(笑)





私はずっと、どうして子ども達がこんな台詞を口にしたのか、不思議でした。
しかし、先日砂場で遊んだ際に、『もしかしたらこういうことなのかも…』と気付いた瞬間が
あったのです。

長くなったので、続きます。

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07:41 | 未分類
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