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 みなさんへ簡単なコメント返し

色々な記事に分かれてしまっているので、ここでまとめてお返事しますね。
お返事不要ですという方もいらっしゃいますが、一言だけ。

>平田さん

今回は色々と(本当に色々と)ご心配くださりありがとうございました。

>上海さん

私は鬱と早期教育を結びつける学術的データを持ち合わせていませんので、
無視して大丈夫ですよ。あくまで「個人的感想」です。

>caritasさん

私はホームであれアウェイであれ真剣勝負を身上としています。
でも、そうした私の価値観がみなさんを傷つける事になるのであれば、
今後、コメントを引用した記事を書く事は控えますね。

>あさひさん

登園拒否のクリアおめでとうございます~。
娘さんは自分に合った学習方法があれば、一気に階段を二段飛ばしで
駆け上がっていくタイプだと思います。将来が楽しみですね。

>まりもママさん

発達障害の子へは個別に対応していくことが大事と言われていて、
その見極めは子ども本人と実際に接している人間すら模索しているのに、
世の中語らずにはおれない方もいて不思議ですね。

>いづみさん

いづみさんや私が言うところの「ほどほどがよいバランス感覚」。
この言葉一つとっても、受け手によって様々な解釈があるのだということを、
私は今回知りました。言葉は難しいものですなぁ。

>ひろさん

私は何か(要は鬱)に怯えた育児が原点なので、自信を持たなくてはいけないそうです。
最近、ブログ上のカウンセリングで知りました。
いや~、人って面白いのう…と感じる今日この頃、三十路の春です。

>そよ風さん

ただただブログで「子育てに対するささやかなこだわり」を綴っていても、
見る人を不安に陥れてしまうなら、それは控えなくてはならないのかもしれない…と
今回あらためて感じました。
人によって意見と中傷の境界は違うので、そこも難しいものですね。

>はんちゃんさん

私は大らかすぎるほど大らかなせいか、「必要のないことはそぎ落としすぎ」
なのかもしれませんね。
そのあたりがみなさんにご心配頂くゆえんなのかな、と。

>ひなママさん

鬱気質があるらしい私にそんな言葉を投げつけちゃー、更に鬱がひどくなるでしょうから、
出来れば控えてくださいませね!

>奈緒美先生

なんだか色々とすみませんでした。

>ALL

最近パソコンの前にいる時間が長くなってしまったので、日常生活を優先すべく、
ブログはしばらくお休みすることにしました。
仕事もあるしさ。(笑)

今のところ閉鎖は考えていませんが、再開は未定です。
ですので、この記事以降のコメントに関しては、お返事が相当遅くなります事を
お許しくださいませ~。

それでは!

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20:37 | 未分類
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 幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます***その3

「幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます」
「幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます***その2」

以上2つの記事をアップするのと前後して「虹色教室通信」のなおみ先生から
「毎日の学習習慣付け」という記事にコメントを頂きました。

平田様 

こんにちは。抹茶母さんに向けた意見に、
私が横から自分の感じたことを意見させていただいてすいません。

平田さんは、抹茶母さんが、幼児期から親の過剰期待に応えながら成長することと、
鬱病の関係を揶揄したことを、意外に思われたのですね。

幼児の世界だけに目を向けていると、驚かれるかもしれませんが、

これはただの机上の空論ではなく、現代の子どもたちをめぐる深刻な現実です。 

海外の研究で、早期教育ブームの高まりや子どもの過密スケジュールとともに
鬱病の青少年が増加し続けている事実を発表しています。

全米青少年精神医学解は「顕著な鬱病の青少年の数は全米で340万人に達する。
これは若者全体の5パーセントに該当する」と述べています。

日本でも青少年の無気力、無関心、ひきこもり、鬱病、心身症など、
さまざまな問題を抱えていますが、それは、 
子どもが自分の主人公になれず、
親が管理しながら子どもの時間をコントロールする人が増えたことと無関係ではありません。 

学習習慣の上での子どもの管理が、その先に、自分が自分なんだけど自分じゃないしんどさ…… 

何のために、どのような意味でがんばっているのかわからなくなる危険を含んでいるのは、
多くの学者や教育に関わる人々が前々から意見してきたことで、
抹茶母さんの意見は抹茶母さんには失礼ですが、これまでさまざまな方々が
声を上げてきたことなのです。

早期教育と鬱病の関係は、天才の研究などのかなり古典的な本ですら取り上げられていますから、
めずらしくないというか……あまり言葉を深刻に受け止めるような類の話題ではないのですよ。


私もそう感じます。
子育てにおいて、何をキーポイントとするのかは人それぞれですが、
私達夫婦はここが一番のキーポイントです。
他は二の次三の次ですね。

「そんなの大げさよ~」という方もいるでしょうが、私はこの件に限ってのみ、
”先取り推奨派”なのだと思います。

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09:48 | 未分類
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 幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます***その2

そもそも、なぜ私がこんな風に感じるようになったかというと、
それは平田さんがおっしゃるように、身近な人間が鬱を患った経験からなのです。
ここからは個人的な話になるので、書くのもどうかと思いますが、
思い切って書いてしまいますね。

さて、身近な人間というのは主人のことです。
主人は私と結婚する頃、鬱状態で、まさに四六時中ウツウツ~としていました。
直接的な原因は仕事上のトラブルです。
こんなことはよくあることですから、どうってことありません。
問題の根は他にあるのでした。

問題の根…『鬱を患う根本的な原因がどこからくるのか?』
この言葉を主人が自分自身に問うた時、彼は私にこう言いました。

「それは、人から褒められたいという気持ちが、おそらく他の人より強いからだろうね」

主人は両親と三人兄妹の5人家族で、取り立てて裕福ではないけれどもお金に困る事のない、
アカデミックな雰囲気が流れる、一見すると全くほころびのない家庭に育ちました。
当初私は、あの家に育った人間がなぜこれほど自己肯定感が低いのか不思議なくらいでした。

私は聞きました。

「その褒められたいという強い気持ちはどこからくるの?」
「母親だろうね。厳しい人だったから」
「自分で自分を褒めてあげればそれでいいじゃない」
「難しいね、なかなか。やっぱり、母親に褒められたかった思いが根底にあるんじゃないかな」
「でも、勉強は私より出来たでしょう?」
「そういうのは関係ないんだよ。上には上がいるからもっと頑張れみたいな感じだった」

主人の母はとても品の良い人で、けっしてガミガミ怒るような人ではありませんでした。
ただ、イレギュラーなことに弱く、習慣の継続を重視するタイプの方ではあったそうです。
そう言われてみればたしかに、主人の育った家には、ほどほどのゆるい空気が
若干薄いような気がしました。

もちろん、そうした母親の姿勢が悪いわけではありませんが、私は主人を見る度、
そのバランスの取り方を考えずにはいられません。
主人の母は\数年前に他界しても尚、歴然と主人の価値観に強い影響を与えているからです。
そして、それは私から見て「とても疲れやすく生きにくい価値観」だと感じるからです。

今、私達夫婦は「できれば娘には、もう少し疲れないように生きる術を身に付けてほしい」
と考えています。
抹茶は主人と良く似た気質を持っていますから、余計にそう感じます。
この考えが世間的に正しいのか否かは知りませんが、私達夫婦が話し合い、出した結論であること。
その部分を尊重して娘を育てることにしています。




最後に。

私は今まで鬱病と診断された経験がないため、平田さんが「机上の空論」とおっしゃるなら
たしかにそうです。
身近な人間を見て感じた経験だけですので…。
加えて、私は医師でもなければ、心理学に精通しているわけでもありませんから、
その個人的な経験を持ってのみ、あくまで個人的に、ブログで自分の思いを綴っています。

>抹茶母さんの精神的な危うさを感じ、とても心配しています。
>他の育児は気にせず、どうかご自分に自信を持って育児を楽しんでいただくよう願います。

そうですね、自分に自信を持って育児も楽しまないといけませんね。
ご心配して頂き、ありがとうございます。

*最後の一文は削除しました。大丈夫ですよー。

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23:01 | 未分類
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 幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます

「学習習慣付け」という記事に平田さんからコメントを頂きました。
長くなりそうだったので、記事でお返事しますね。

はじめまして。他ブログのリンクから来ました。 



私は小一の娘を持つ母です。 

興味深く読ませていただきました。 



数多の方と出会ってきましたが 
育児を語るにおいて「鬱病」を心配されている方は 

抹茶母さんが初めてです。

幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます。 



不躾な質問で申し訳ないのですが 

これは身近の方が鬱病を患った経験がおありなのですか? 



>疲れている時に「疲れた」と言い、さぼるのもまた一種の学びです。

>鬱病にならないための学びです。 

これはご自身の経験からのような気がしますがいかがですか? 



経験ではなく机上の空論を力強く語られているところに 

抹茶母さんの精神的な危うさを感じ、とても心配しています。


他の育児は気にせず、どうかご自分に自信を持って

育児を楽しんでいただくよう願います。


まず、子どもの鬱はそれほど珍しいことではありません。
北海道大学傳田建三教授ら精神科医による約2万人の小中学生に対する調査では、
2,6%(小学生1,6%、中学生4,6%)が鬱病と推定されているそうです。
鬱予備軍も合わせると、その数は更に増えます。

この数字を多いと取るか少ないと取るかは人それぞれだと思いますが、
どの子どもであっても、発症する可能性はあるのです。
ですから、子どものいじめを心配するように、子どもの非行を心配するように、
親が子どもの鬱について思いを馳せる事は、自然な流れだと捉えています。

現代日本は子どもを取り巻く環境が変化していて、どの子であっても
ストレスを抱えやすい状況にいることは事実でしょう。
少子化によって親の期待を一心に背負い、教育産業は競争を煽ります。
「勝ち組負け組」という言葉が小学生からも聞こえてくる程です。
そんな中、素直な子ほど、まじめな子ほど、大人の期待を感じて頑張るでしょう。

「やれば出来るよ」
「毎日きちんとやろうね」

こうした親の言葉は、ある側面ではたしかに正しいと言えると思います。
けれど、それが行き過ぎた時、裏の側面が持つ落とし穴にはまってしまうのではないでしょうか。
頑張りには限界があり、人はいつしか挫折を知ります。
その時、落とし穴にはまってしまわないか、心が折れてしまわないか…というのは、
親の影響も大きいと思うのですよ。

必死にお受験の勉強を頑張って志望校に合格できたとしても、
同じような能力の集団内ではいくら頑張ったところでビリかもしれない。
それは頑張り…というより生まれ持った能力差なのかもしれないのに、
親は「やれば出来るよ」とばかりに発破をかける。
素直でまじめな子どもほど、もっと頑張る。
頑張る、頑張る、頑張り続ける…。
それでも、やっぱり親の期待に答えられないとなった時、ポキッと心が折れてしまう…
というのは、なんら不思議ではないと思います。
後に、親が「頑張った事実そのものが大事なのよ」と取り繕ったところで、
それが100%の本心でないことは、子どもにだってわかるはずです。

もちろん、親の顔色を気にせずに、本心から「やりたい!」と言っている子どもであれば
何の問題もないと思います。
でも、そうではなくて、親が強制的・あるいは半強制的にさせている場合、
親は裏の側面を意識しなくてはならないでしょう。
ですから、子どもが「やりたくない~」というのは何らかのサインの一つだと捉え、
「疲れている時に「疲れた」と言い、さぼるのも一種の学びです。
鬱病にならないための学びです」と書いたのです。

「やるかやらないかは自分の判断でどうぞ」
「いつも頑張っているんだから、たまにはさぼってもいいんじゃない?」

という、ほどほどのゆるい空気が家庭に流れているか否か。
個人的には、この空気が流れている方が、子どもは自分をいたわりながら
前に進めるだろう…と感じています。
「自分をいたわる」というのは、己の能力や体調を見極める能力といえますね。
「良い意味で見切る能力」とも言えるかもしれません。

そして、私はこの能力を生きていく上でとても大事なもの…と捉えているため、
その延長線上にある鬱への気遣いは、それこそ娘が生まれた頃からあります。
まして、発達障害の子は自己肯定感が育ちにくいと言われているのですから尚更です。
平田さんにとっては不思議なことも、私にとっては自然なんですよ。


長くなってしまったので、記事を分けます。

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23:00 | 未分類
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 保育園の個人面談

保育園の個人面談がありました。
一人15分ほどなので、それほど込み入ったお話はできませんが、
年に一回の貴重な時間です。

先生には抹茶が言語性LDであることをお伝えしてあるので、
先生の指示を聞いているか、お友達とコミュニケーションが取れているか…
といったことを中心に伺ってきました。

「個別の声かけ等をしなくても、保育士の指示は良く聞いていて行動しています。
お友達ともコミュニケーションは取れていますよ」
「頷いているだけだったり、逆に一方的に話しているだけだったりしませんか?」
「いえ、お友達と言葉のキャッチボールも出来ています」
「えっ、そうですか?」
「…まぁ、たしかに、園の中でもおしゃまな子と言いますか、
口達者な女の子とは一緒にいないんですが(苦笑)」
「あ、それはもう(笑)」
「でも、抹茶ちゃんから”あれしよう~こうしよう~”と引っ張ってくれる場面もありますよ~」

言葉のキャッチボールだけでなく、抹茶からみんなに声かけできているなんて、
私は初めて知りましたよ…。
うう、おばちゃん感動。

「週に一回通っている言語訓練では娘の好きなように取り組んでしまうことも多いのですが、
園でワークに取り組む時間などはどうですか?椅子に座っていますか?」
「もちろんというか、抹茶ちゃんは他の子よりも静かにきちんと取り組んでいますよ~」
「ええっ?そうですか…」
「抹茶ちゃんの場合、環境が大事なのかもしれませんよね」
「そうですね、まだ言語訓練の先生と環境に慣れていないのかもしれません。
園はクラス替えもなくて、先生も小さい時から見守って頂けていますし…」
「大きな家族みたいな感じですからね~。
幼稚園と違って生活の場ですから、あまり決められたこともしませんし(笑)」
「小学校でどうなるか、ですよね(笑)」
「う~ん、でも私の予想では大丈夫だと思います。最近とても成長していますし。
発表会でもきちんと発表出来ていましたから~」
「ええ、発表会は私も感動してしまいました。抹茶が劇で話している!と思って」
「実のところ、予行練習ではあれほど上手に発表できなかったんですよ~。
でも本番では本当によく頑張ってくれて。
私、裏でよくやったー!!って、抹茶ちゃんを抱きしめちゃいました。
他の先生も抹茶ちゃん頑張ったね~って言っていました」
「先生、ありがとうございます~」

先生と二人で涙ぐんでしまいました。ほほほ。
抹茶の担任の先生は、抹茶が1歳の頃から付いてくださっている先生なので、
本当に抹茶をよくご存知なのです。(ありがたや~)
その他、先生には、「ゆっくり、はっきり、短めに」という言語性LDの子に対する
声かけの基本をお願いし、個人面談は終了。




いや~、思っていたより抹茶は園で頑張っているんだと感じました。
発達障害の子が普通の生活を普通に送るということは、それだけで疲れることです。

専門医の先生からは「小学校生活に慣れること。それだけに専念するためには、
ある程度勉強を前倒しで教えてあげて」と言われていますが、
保育園で帰りが遅い平日とSTが入っている土曜日はのんびりさせてあげたい。
となると日曜日がキモなので、虹色サークルを月1から変更して毎週日曜にしてみようかな~、
なんて考えております。

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09:49 | 娘について
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