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 精神的成長~自己の客観視

抹茶3歳8ヶ月頃に、印象深かった出来事をもう一つ。
こちらも、幼児教育とは関係がないので、ご注意くださいね。

読み聞かせをしていた時のことです。
私は毎晩3冊読むことを抹茶に約束していますが、2冊目の途中で、
突然気持ち悪くなってしまったのです。
なんとか2冊目は読み終えましたが、脂汗が出るほどでした。

「ごめんね。ママはどうしても具合が悪いから、今日のところは2冊でもいい?」
「やだ、3冊って言ったじゃない!」

案の定、私を思いやるよりも、自分の利益優先の抹茶です。
でも、こちらも、その要求を聞き入れる事ができません。
意地を張っているのではなく、本当に辛くて読めないのです。
抹茶は不安になったのか、わんわん泣き出す始末。

「抹茶は、病気のママに優しくしてくれないの?」
「できないーうわーん!」
「できないのか、そうか~。じゃあ、ママには優しくしてくれなくてもいいけど、
他の人にはやさしくしてあげてね。それなら、できそう?」
「できないー」
「ママもパパもみんな、抹茶が病気のときは優しくしてあげているけどなぁ。
抹茶にはまだ無理なのかな?」

私はこの時、「できる」か「できない」か、2通りの定型の答え以外、頭にありませんでした。
おそらく「できないー、うわーん!」だろうとの予想。
ところが、しばらくの沈黙の後、

「今はまだ無理。4歳になっても無理だと思う。でも5歳になったら出来る」

こう、抹茶は答えたのです。
それまで、わんわん泣いてぐずっていたのに、その時だけぴたりと泣き止み、
まっすぐに宙を見つめていました。
その視線は、抹茶自身を見つめているようでした。
私は、はっとしました。
この時だけ、時間が切り取られていたような、不思議な感覚でした。
「自己の客観視」をしている…大げさですが、そんな印象を持ちました。

この「自己の客観視」。幼児には難しい課題です。
いつもぴったりとくっついて離れない「自己」を置いて、離れたところから見る。
これは、「他者に共感する能力」「他者の心を読む能力」に繋がっていくもの。
人間として生きていく上で何より必要なことです。
抹茶は、この先、どうやって「自己の客観視」を磨いていくのか、
ゆっくりと見守っていきたいと考えています。

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06:48 | 娘について
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