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 ヨコミネ式教育

エチカの鏡で取り上げられたせいか、幼児教育ブログでも「ヨコミネ式教育」
についての記事を目にすることが多くなりました。
私はリアルタイムで番組を観ていなかったのですが、それほど話題になるのなら…と
先日YouTubeでアップされていた動画を観ました。

エチカの鏡では「子どもを伸ばす4つのスイッチ」を紹介。

●子どもは競争したがる
●子どもは真似したがる
●子どもはちょっとだけ難しい事をやりたがる
●子どもは認められたがる


上記をふまえ実践していくと、結果的に色々な事…
逆立ちが出来る、10段の跳び箱が飛べる、絶対音感が身に付く、毎日1時間椅子に座り
読み書き計算をする…等が出来るようになるそうです。
そして、これら能力は「教え込んでいるわけではなく、子ども自らやろうと思うような
環境を用意すれば出来るようになる」と横峯先生はおっしゃっていました。

ちなみに、ヨコミネ式教育法の理念はこちら。

全ての子供が天才である
できることはおもしろい おもしろいから練習する
練習すると上手になる 上手になると楽しい
そして次の段階に行きたくなる
この繰り返しで一流になる
全ては1から始まり 毎日の積み重ねで
10年でだれでも一流になれる


ヨコミネ式は、その目立った成果から誤解を受けやすいようですが、
その本質はごくシンプルなものですね。
結局のところ、朱に交われば赤くなると言いますか、環境が大事ということなのでしょう。
また、そうした環境を用意さえすれば一流?になるというのなら、ヨコミネ式教育が
保護者から人気を集めるのも頷けます。

しかし、私個人はこの番組を観た時、拭いきれない違和感を覚えました。
そして、今日「虹色教室通信」でなおみ先生が、私の違和感をわかりやすく記事に
してくださったので、引用します。

私がこちらのブログでこの問題を取り上げようと思ったのは、
エチカの鏡の横峰式の教育の影響で、子どものやる気は、
子どもの中から生まれるのでなく、
無理やりでも良い行動を取らせて、できるようになったらうれしくて
やる気が出るんだから~
といった、子どもの心に対する鈍感な意見を口にする
親御さんをたびたび目にするようになったからです。

子どもを観察するという言葉が
個性やその子の精神の発達を無視した、大人の都合でどうやって言うことを聞かせようか~
という視点からの観察になっていて、

大人による管理、支配がうまくいっていること=
子どもがよくなっている、成長している

と勘違いする方が増えているのです。


私が感じた違和感…というのは、まさにこのことです。
ヨコミネ式教育では、「子ども自らやる」と詠っていますが、それはあくまで
「大人が望む行動」に他なりません。
多少強引にでも「大人が望む行動をさせ、出来たら褒める事で強化し、
その行動を好きにさせる」。
これは、子どもの意志を大人の都合でコントロールしているような…
「これが好き!」という気持ちさえも、暗にコントロールしているような…
そんな違和感があるのです。

個人的には「大人が望む行動をさせ、出来たら褒める事で強化し、その行動を好きにさせる」
というのは、最低限であるべきだと思っています。
それこそ基本的な躾…早寝早起き朝ご飯、他人に迷惑をかけない、その程度です。
我が家では娘の視力の関係で、テレビやテレビゲーム(DS等)を制限していますが、
それ以外は自由にさせています。
その自由な時間の中で、「これが好き」と娘自身が見つけてきた物を大事にしたいのです。
見つけるまでの、無駄とも思えるぼーっとした時間すら大事にしたい。
算数遊びにしろ何にしろ、その発展であると考えています。




長々と書いてきましたが、こうした思いは、実は私自身の経験からきています。
以前にも「ユングの性格論によせて」で少し記事にしましたが、  
私が通った幼稚園は早期幼児教育に熱心でした。
ヨコミネ式ほどではありませんが、それに近い教育方針の園です。
そのため、勉強を始めとして、体操、音楽など、同年代の子どもと比べれば、
格段に出来るようになります。それは確かです。
しかし、

できることはおもしろい おもしろいから練習する
練習すると上手になる 上手になると楽しい
そして次の段階に行きたくなる


のかと問われれば、私はNOでした。
出来たからといって、全く面白くないのです。
困った事に?他の園児達の前でお手本として跳び箱を披露しても、ちっとも楽しくない。
当時の私は自分が好きな事、興味のある事以外を褒められても「なんで?」という有様で、
褒められれば褒められる程違和感を感じていたのです。
正直なところ、「気持ち悪い」とすら思っていました。

そのため、幼稚園は週に2~3回程度しか行けませんでした。
母は不思議と好きな時に幼稚園を休ませてくれ、また家でも幼稚園のカリキュラムを
フォローすることなど一切なかったので、私は救われたのですが、もしあの時、
家でもきつきつにスケジュールが組まれていたら…と思うとぞっとします。
それほど私にとってこの教育法は合わなかったのです。

そしてこういった一種の「ドロップアウト」は、何も私に限ったことでなく、
私の親しい友人も経験しています。

「勝ったら嬉しいだろう!と押し付ける教師に辟易したことがある。
勝って嬉しいのは(昨日までの)自分自身だよ。対戦相手は私の深淵を教えてくれはしない」


人は、子どもは、画一的ではありません。
教育法に絶対はなく、謙虚であり続けなければなりません。
もちろん、お子さんによってはヨコミネ式教育も合うと思いますが、
全ての子に合うかと問われれば、「それは違う」と己の経験から感じています。

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16:49 | 教育論
comment(5)     trackback(0)
comments
またまたお邪魔します。

「教育法に絶対はなく、謙虚であり続けなければなりません」

この言葉に大きく肯いてしまいました。

エチカの鏡、私も見ましたが、あの保育所に通う子達は「ヨコミネ式」が合っているのかもしれませんし、園側も、少なくともなんらかのふるいにかけて、合うとみなした子だけに入園を許可しているのかもしれませんね。
●子どもは競争したがる
●子どもは真似したがる
●子どもはちょっとだけ難しい事をやりたがる
●子どもは認められたがる
の要素を全て持っているような「本当に合う子」には、能力を最大限に発揮でき、その事に喜びを感じ、自信が持てるようになる素晴らしい教育法なのかもしれませんね。

ただ、それをテレビで、あたかも「子供とはみんなそういうもの」という風に報じられることに大きな問題があるように思います。この教育法が絶対に合わない子がいる事実も同時に
知識としてインプットされなければ、誤解をする人がたくさん出て当然だと思います。
そんなことを考えていると、結局メディアのあり方に大きな問題があるのでは。。というところに行き着いてしまいますが・・・ 
話がおかしな方向に行ってたらすみません・・・。



2009/07/28 21:46 | | edit posted by てんてん
てんてんさんへ
いつもコメントありがとうございます。

てんてんさんのおっしゃる通りだと思います。
ヨコミネ式は「合うお子さんにとっては、能力を最大限に伸ばしてもらえる最良の教育法」
なだけなのに、「合うお子さんにとっては」という部分が抜け落ちて、「子どもとはみんな
そういうもの」と報道されることは大きな誤解を生む元となるような気がします。
テレビというのは、基本的に「心地よい部分」だけをピックアップしているので、
情報を受け取る側の人間が、その「心地よい部分」だけを受け取ると危険なんですよね。
そう考えると、テレビで放送されなかった部分に絶えず思いを巡らすことが大事なのかな…
と思います。
2009/07/29 10:59 | | edit posted by 抹茶母
はじめまして。
うちの近所にモンテッソーリ教育を取り入れている幼稚園があり、2年前入園を考え、説明会に行き、これは私が思うモンテッソーリではないと違和感を感じ、入園を取りやめました。
そしてその園が、今年ヨコミネ式を取り入れている園として、脚光を浴びていると知り、ますます取りやめたことをよかったと思いました。
モンテッソーリと言いながら「大人による管理、支配がうまくいっていること=子どもがよくなっている、成長している」という幼稚園教育を取り入れていたのです。
私の思っていた違和感が抹茶母さんのこのブログを読み、納得できた気がします。ありがとうございました。
2009/09/19 11:40 | | edit posted by あーちゃん
あーちゃんさんへ
はじめまして、コメントありがとうございます。

モンテからヨコミネ式とは、また随分な教育方針の転換を図る園ですね…。
世間の流行や波にのることを良しとする、ある意味、潔い経営方針なのかもしれませんが…。

私は、モンテッソーリ教育とヨコミネ式教育は、相容れないものだと思っています。
でも、モンテを曲解すればヨコミネ式に近いのかもしれず、そうした園の方針を望む方が本来のモンテ園の姿を変えていくのかもしれないと思うと、残念でなりません。

モンテは管理から遠い教育だと信じているのですが、最近は『私こそが勘違いしているからかもしれない』と、自分のモンテ観に自信が持てなくなってきますね…。
2009/09/20 07:03 | | edit posted by 抹茶母
どの子にでも合う普遍的な子育て法はない
私達は皆子供だったのに、子供の頃の気持ちを忘れてしまったのかなあ?と

>当時の私は・・・褒められれば褒められる程違和感を感じていたのです。正直なところ、「気持ち悪い」とすら思っていました。
母は不思議と好きな時に幼稚園を休ませてくれ、また家でも幼稚園のカリキュラムを
フォローすることなど一切なかったので、私は救われたのですが、もしあの時、
家でもきつきつにスケジュールが組まれていたら…と思うとぞっとします。

というくだりを読んで思いました。

「これが好き!」という気持ちさえも、暗にコントロールしているような

親にならないよう気をつけます・・・。

どの子にでも合う普遍的な子育て法はないとは思いつつ、どの国でも実施されている普遍的な子育て感があるものなら聞いて見たいと思って、各国の大使館で子育てについて聞いたり絵本を読み聞かせてもらう会を始めるようになりました。

いろんな国の色んな家庭教育はありますが、「うちの子が基準」と考えて聴いています。

どんな教育法もその全てをそのまま取り入れるのではなくてに(多分まったくおなじようにするのは実際むりだろうし)批判的思考を持ってわがこのふるいにかける必要があるのでしょうね。
2011/01/09 17:42 | | edit posted by 世界の絵本読み聞かせ会
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