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 お小遣いで算数遊び

我が家では抹茶にお小遣いを渡しているので、そのお小遣いを使っての算数遊びです。
お金で遊ぶなんて品がないというご家庭もあるかとは思いますが、お金というのは非常に
身近な算数アイテムなので、これを使わない手はありません。(と、私は思う)

抹茶にとっても、自分のお小遣いは思い入れも強く、現時点でいくらあれば○○が
買えるとメドが立つので、近頃大好きな算数遊びですね。
「姫様と執事」や色々な設定を加えて、ごっこ遊び風にすると楽しさも倍増します。

「姫様、1円玉5枚と5円玉1枚で10円になりますが、10円玉と交換致しましょうか?」
「結構です」
「10円玉も貯まってきましたね。姫様、数えて頂けますか?」
「えっと…5枚だわ」
「5枚でしたら、50円玉1枚と交換できますが、如何致しましょう?」
「お願いしますわ」

抹茶も私も声色まで変えて演技。
…完全にアホの様相を呈していますが、私もこうした方が楽しめるので何でもアリです。
もう少しお勉強要素を加えたい方には、下の写真のように、お金の数を数えて
紙に数字を書き入れると3桁の数の学びになりますよ~。

CIMG0808.jpg

ちなみに、お財布には「パクパクさん」と名前をつけてキャラ化させているため、
お金をお財布にしまう際もごっこ遊び風です。
パクパクさんはガラが悪いので、

「ちっ、今日は一円玉ばっかりかよ。一円玉はまずいからな、早く喰っちまおう。
おい、さっさと口の中に入れてくれ」
「はい、どうぞ~」
「は~、何度喰ってもまじいなぁ。じゃ、次は5円玉だ」
「5円玉は一枚だけです」
「いいよいいよ。5円玉はそんなに好きじゃねえんだ」
「今日は10円玉がありません。次は50円玉です」
「お、俺の好物だ。は~、やっぱり50円玉は良い味してるわ。
でも、俺は死ぬまでに一度、憧れの500円玉を喰ってみたいのよ。
おまえさん、今度調達してきてくれな」

おわり。(笑)
ホント、アホですみません。とほ。




最後に。
私はこうして記事にしている算数遊びをその場その場のノリに合わせてパッと考えるため、
学力が上がるのかどうかは謎です。
とはいえ、両替遊びは、いわゆる小学校受験業界でいうところの「シーソーの概念」ですし
その他、繰り上がりや比の理解も促しますから、園児にはぴったりかな?と
一人勝手に思っているのですが…。

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06:35 | 算数
comment(4)     trackback(0)
comments
おじゃまします(^ー^)

いいですね、役柄になりきりつつ、本物のお金でごっこあそび!生活の中の数あそびならではの(大人の?)楽しみ。その昔、爪を切らせてくれなかった長女を相手に、やすりやらクリームやらを並べて「ネイルサロンごっこ」をしたのを思い出しました(最近は本物のネイルを所望しますが…(^-^;)。

お金というのは、人と人の間でやりとりをするものだ、という扱いの中には、数のしくみ以外にも大切な何かがあるような気がします。

数字では計算ができなくても、お金を使って考えると答えがわかる、という例もありますし、「世の中で役に立つ」ものを使って遊ぶというのは、よい経験かもしれませんね。…本物志向がモンテっぽいかも!?
2009/10/08 17:46 | | edit posted by いづみ
いづみさんへ
コメントありがとうございます。

ネイルサロンごっこ、楽しそうですね。
私も抹茶と美容室ごっこでよく遊んだことを思い出しました。

お金というのはイメージしやすい具体物ですから、抹茶には丁度良いかな?
と思って遊んでいます。
抹茶は「10+10+10+10+10」のように式で出題されても理解できないので。(笑)

>本物志向がモンテっぽいかも!?

『心はモンテ』が私のテーマの一つですが、モンテだともっと品の良い何かで
学びそうな気がしますね~。誰か教えて~。(笑)
2009/10/09 05:21 | | edit posted by 抹茶母
よろしいですわね、これ。おほほ。
ジェリーの通ってるモンテはアッパーなところではないので、適当に偽物を使ってるみたいです。ちゃんとはわからないのですが、家でビー玉を使って「100円」とかやってるので。確かにモンテって見立てに重きをおいてないかも。もともと障害児教育からはじまってますしね。

実家が商売をしていたので、わたしも現物賛成派です。ま、サラリーマン家庭で現金を持ち出して学ぶことの不自然さはいなめませんが~。

以前、ボランティア精神がなくなるのでは…といった心配をされていましたが(間違ってたらゴメンナサイ)、ケチケチであっても、人のために何かをすることに喜びを感じるのは共存するから、ダイジョーブだと思います。大切なのは、自分の何かを犠牲にしてでも守りたいものがあるかどうか。それにふさわしい価値観や矜持を持てるかどうか、じゃないでしょうか。それがなく、活動のために活動しているエセな方々が最近多すぎる気が…(と、さりげなく毒など…)。
2009/10/27 13:10 | | edit posted by yoshiko
yoshikoさんへ
コメントありがとうございます。
あなた様からお言葉を頂けるなんて、ワタクシ、天にも昇る気持ちよ。

>確かにモンテって見立てに重きをおいてないかも。
シュタイナーだと空想や夢の世界を重要視していますが、モンテは現実的というか、地に足がついているようなイメージがあります。このへんは好みの問題かな?我が家はどっちも適当なんですがー。

>ダイジョーブだと思います。
抹茶がそうあってくれればと願います。(笑)
実は以前、新聞か何かで「お手伝いをしたら小遣いをあげる、というルールにしたら、ちょっとのことで『お小遣いくれ、お小遣いくれ!』と言われ、困っています。お手伝い制も考えものですね…」というような記事を見たんです。そのことが頭に引っかかっていたので、少々心配していたのですが、よくよく考えてみれば、家庭の手伝いで小遣いをせびることなんて些末なことですね。本当に大切なのは無償云々ではなくて、もっと奥にある精神性と言いますか…。逆に言えば、無償を傘に頓珍漢なこと(大抵自分探し)をしている人も多いのかもしれません。…と毒を吐いてみたりー。
2009/10/27 20:57 | | edit posted by 抹茶母
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