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 親から教えないということ

私は抹茶から聞いてこない限り、教えないようにしています。
その代わり、抹茶が自分から「これは何?」と聞いてこれるよう、
環境だけは作ろうと思っています。
この環境も、無闇矢鱈に作るのではなく、抹茶が興味を持った頃合を見て用意します。
また、環境を用意しても抹茶が飛びついてこなかった場合、時期尚早とすっぱり諦めます。
場合によっては、環境(おもちゃやポスター)そのものを押し入れにしまいます。

「環境」の一つの例として、お風呂場やトイレに学習ポスターを貼っていますが、
やはり私から教えるようなことはしていません。
「これは何?」
と聞いてくれば、もちろん答えますが、抹茶が自分から聞いてこない時、
つまり興味を持っていない時に
「これは何々よ」
「これを何と読むか知ってる?」
等の質問、会話はしないようにしています。

お風呂やトイレでボーッとしたい時だってある。
ボーッと見えていたとしても、何かを考えている時だってある。
暇そうに見えたからと言って、横からあれこれ知識を与えられるのは苦痛。
これは、専門家の方が推奨していた云々ではなく、私個人の価値観ですが…

もちろん、お散歩中に
「あ、お花が咲いているね。綺麗だね。この黄色いお花は水仙というのよ」
「今、新しいゲームを考えちゃった。オウムさんごっこ。やってみる?」
と言う事はあります。
この会話を「教える」とカテゴライズすれば、たしかにそうですが、これは
「普通の会話」だと思っている自分がいます。
みなさんもそうですよね。

とすると、私自身一体何を持って「教える」「教えない」と区別しているのか…
そこには明確な判断基準がないようにも思えます。
結局のところ、子供の表情を見て決めている、という至極曖昧な基準なのでしょうか。

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07:00 | 教育方針
comment(4)     trackback(0)
comments
参考になります
はじめまして!
「教えない」という姿勢、とても興味深いです。

確かに「教えない」ということが、「押し付けない」ということで、「考える時間を与える」っていうことになるんでしょうね♪

そのこの吸収の入り口が閉じているのに、知識という名のボールをうちつけても全然入っていかないけれど、子供が「知りたい」と入り口を開けていれば、(子供が興味を持っていれば)自ら学んで、吸収していきますものね。

私はいつも、閉じている壁に一生懸命ボールを打ちつけていたような気がします。

とても参考になりました。ありがとうございます。
2008/12/05 22:04 | | edit posted by キョン
キョンさんへ
コメントありがとうございます。

>吸収の入り口が閉じているのに、知識という名のボールをうちつけても
>全然入っていかない

そうですね、まさにこの表現がぴったりだと思います。

子供は、何かしらの入り口を開けているものですが、親好みの入り口
でない場合、親は見過ごしてしまいがちなのだと思います。
親の入り口に子供を引っ張ってくるのではなく、子供の入り口に親が
お邪魔する…という姿勢が大事ですよね。
私もできているかどうかは疑問ですが。(笑)



2008/12/06 07:42 | | edit posted by 抹茶母
はじめまして。
虹色教室通信から参りました、アニカママと申します。
「親から教えないということ」とっても参考になりました。

これから娘が大きくなっていく中で、
心にとどめておきたい内容でした。
ありがとうございました!

できればリンクさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?
2008/12/06 20:38 | | edit posted by アニカママ
アニカママさんへ
コメントありがとうございます。

リンクは大歓迎です。
私もアニカママさんへリンクのご連絡をしようと思っていた
ところなんですよ。

アニカママさんの日々の取り組み、ほんわり暖かくなるようで
とっても素敵です。応援しています。
2008/12/07 05:02 | | edit posted by 抹茶母
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