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 発達外来の受診***その4

一度診察室へ入ってきてしまうと、なかなか待合室へ戻ろうとしない抹茶。
そんな彼女を「チャレンジミッケ!」でやり過ごす頃になると、先生と私の距離が
少し縮んだような気がしました。
そして、そんな私の思いが伝わったのか、A先生は意外な程あっさりと私に告げました。

「就学してからでないとはっきりとした診断は下せませんが、おそらく言語系の
LDだと思われます」

言語系のLDは想定していたことなので、何ら驚くことはありませんでしたが、
発達障害の診断は慎重に下されることが多いので、その意味では驚きました。
今日は当たり障りのない話で終わりかもしれない…と踏んでいたからです。

「そうだとは思っていました」
「ご存知ですか?本やインターネットで調べられました?」
「はい、ある程度は調べました。主人も似た気質を持っているということなので…」
「そうですか。でも、抹茶ちゃんの場合は発見が早かったので、就学までに言語訓練も
受けられますし、時間もあります。今から予防的取り組みをすることで問題をなくしたり
軽減させることが可能ですよ」
「予防的取り組みというのは、やはり言語訓練になるのでしょうか」
「言語訓練がメインになりますが、やはり大事なことは日々の生活です。
ご両親がLDの特徴を知ることで、日常に活かせることは多いかと思いますよ」

予定の1時間を数分過ぎてしまったところで、先生が「質問などはありますか?」と
聞いてくださったので、時間が過ぎてしまうことを申し訳なく感じつつも、
一番大事なことだと思い、質問しました。

「他に親が家庭で出来ることは何でしょうか?」
「言語訓練も受ける予定とのことですし、それで十分だとは思いますが、やはり
お友達と触れ合う時間を作ってあげることですね。何か習い事はしていますか?」
「いえ、保育園児で時間もないので…」
「そうですか。もしよかったら、園と違って少人数で取り組む習い事をしてみても
良いかもしれませんね」
「本人はピアノや英語を習いたいと言っています。私としては、それより日本語
だろう、と思ってしまうのですが…」
「習い事の種類は何でも良いと思いますよ。大事なことは何を習うかではなく、
コミュニケーション能力を高めることなので、出来れば同じ年代の子で取り組む
少人数のグループレッスンが良いですね」

私としてはあっという間の時間でしたが、発達障害の診断としてはおそらく長めの60分…
いえ、結局時間が過ぎてしまったので、75分という、時間をかけての診察でした。
次回予約は半年後の春。
進級後の様子を見て頂く約束をして病院を後にすると、外は朝と同じように、
雲一つない快晴が続いており、日が高くなったせいか空の輝きは一層増していました。
抜けるような青空は、あの時の私の気持ちにも似た風景だったと思います。




あ、ちょっと格好付け過ぎですかね。(笑)

長々と書いてきてしまいましたが、発達外来、またLDの雰囲気が少しでも
伝わったでしょうか。

メディアの影響か、近頃発達障害の知識を持つ親も増えてきたというものの、
通常、LDの発見は周囲との学力の差を、教師・親・そして本人がはっきりと感じる
小学校3年生くらいから…と言われています。
しかし、その頃になると「自分はできないんだ」という意識が強くなってしまい、
学習に一番大切な自己肯定感が低くなってしまうのだそうです。
その意味では、抹茶のLDを幼児期に発見できたことはとても運が良かったのでしょう。

ただ、幼児期の早期診断・早期療育は賛否両論あり、デリケートで難しい問題です。
個人的には、早期診断・早期療育は弥が上にも親の意識を高めるので、
あながち捨てた物ではない…いやむしろ賛成…と感じていますが、
親の不安や焦りが子どもに伝わるくらいであれば、診断や療育の時期を後ろに
ずらしても良いのかもしれません。
早期診断・早期療育の一側面である負荷は、その多くを親が負うべきで、
負荷の割合が逆転すると、遅かれ早かれ子どもへの悪影響が出てしまいます。

しかし、親を始め周囲の大人が発達障害に高い意識を持ち、日常生活の中で
さりげなく子どもをフォローしていけば、解決できる点も多々あるのは事実です。
教え込みは簡単なので、親はついそこへ流れてしまいがちですが、一歩引いて、
苦手な物をどれだけ楽しく遊びのように伸ばすことができるかを考える。
そうしたアプローチを実践していくことは、発達障害の子だけでなく定型発達の子
にも応用できるものなので、穿った見方を捨て、シンプルにより良い環境を用意する
ことが重要だと感じています。

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10:59 | 発達外来
comment(13)     trackback(0)
comments
興味深く読ませていただきました。抹茶母さんって文学少女♪これだけの感受性があればこそ、抹茶ちゃんの思いをちゃんと受け止められるのでしょうね、ハハ同業としては、ぜひとも真似したいところであります。

…は、さておき。

早めに、その子にちょうどいい環境を整えてあげることは大切、けれど、親の焦りは禁物、というのは、諸手を挙げて賛成です♪例えば一口に定型発達といっても、子ども一人一人の違いは、想像よりずっと大きいですものね。

「一歩引いて」と、このことばを拝見するたびに、心の底からしみじみと、目の前の子どもを受け入れられるような気持ちになります。ありがとうございます(^ー^)

ヤマハにはピアノのグループレッスンがあるそうです。一時期検討していて話を聞いたのですが、発表会に6人くらいの子どもで一緒に「さんぽ」を演奏したりするなど、なかなか楽しそうでした。ただ、教室内のコミュニケーションについてはちょっとわからないです(盛り上がったときに見学にいっとけばよかったなー(^-^;)。

エルの通っている、幼児グループ英語教室の話なんですが、ネイティブに幼児数人だと、「…え?今何て言ってた?」「たぶん…じゃない?」のような、英語サバイバルな雰囲気もあって、ある意味ではコミュニケーションと呼べるかもしれません(笑)ただ…英語習得レベルについては、1年半通ったいまだに?ではあります(^-^; 一応、言語というものの有用性については肌で感じているようですが。
2009/12/07 17:16 | | edit posted by いづみ
こんばんは。
臨場感あふれる記事を、固唾をのんで見守るような気持ちで拝読しました。

>苦手な物をどれだけ楽しく遊びのように伸ばすことができるかを考える。
>そうしたアプローチを実践していくことは、発達障害の子だけでなく定型発達の子
>にも応用できるものなので、穿った見方を捨て、シンプルにより良い環境を用意する
>ことが重要だと感じています。

深くうなずいてしまいました。私は、観察までは割としていても、この「考える」部分が苦手なので、身につまされますが…。
抹茶母さんが早く気づかれたこと、こうやって冷静で客観的な視点を持っていらっしゃることは、抹茶ちゃんにとってこれ以上ないほどラッキーなことだなぁ、と思わずにはいられません。

秀でた才能を持つ人に、生きにくさやアンバランスな面を抱えた人が多いのは、優秀だったがゆえに、幼児期に苦手な部分を過度に矯正されたり、逆にほうっておかれたりした悪影響もあるのかなぁと、ふと思いました。

抹茶ちゃんに丁度よい習い事が見つかるといいですね。
2009/12/07 21:19 | | edit posted by まはーる
とっても興味深くじっくりと読ませていただきました。

>メディアの影響か、近頃発達障害の知識を持つ親も増えてきたというものの、

というあたり、確かにそうなのかもしれませんね。私もそのクチでして(^^;)
発達障害、という言葉の衝撃性も含めてうわべだけを見て右往左往している。。。という感じです。悪い意味で障害という言葉は少なからず衝撃的な言葉ですよね。
そこでみんな一歩引いてしまう部分があると思います。
だから自分の子供はそうじゃないに違いない!とかたくなになってしまう人もいると思うし。(私も含めて?!(^^;))

抹茶母さんの記事を読んで、発達障害の診断というよりも、基本的な性格を判断するという名目でテストを行って、そこで出てきた苦手分野を補っていく、、、とう感じで定期的な年齢にテストを行う。ということをやってもいいんじゃないかなぁって感じました。早い段階でわかったほうが良いことも多そうですし。

でもこういうのは当然いろいろな分野から反発もあるのでしょうが。

ちなみに、すごく個人的な意見ですが、私も大した量ではありませんが発達障害に関して勉強してきました。

そして結局自分の中で、発達障害を持っている人は日常生活には困難をともなうかもしれない。けれどそれに反してある分野ではとてつもなくすばらしい能力を開花させる素質を持っている。という感覚で捕らえています。

それはきっと親次第。
抹茶母さんはきっと抹茶ちゃんのその素晴らしい素地のほうを引き出せるお母様じゃないかなって思っています。

相変わらず生意気なコメントでごめんなさい。(^^)

私ももっと広い視野で発達障害について勉強しなおしてみようと思います♪
2009/12/07 21:23 | | edit posted by caritas
こういった診断を下す先生は、事実としてはっきりと診断名を告げられるか、先生自身、はっきりとわかっていても、障害ということを告げると、動揺されたり、偏見を持っていたり、誤まった知識を持つ親御さんなどが多いことから、診断名を告げることに慎重になられる場合も多いと思います。

きっと、診断についてお話する時は、親の理解度や、心の状態を見られているような気がしますし、私もそのように対応すべきだと思います。

記事を読ませていただいた印象では、A先生は、後者の慎重なタイプの先生なのでしょうね。

けれどそんな中で、抹茶母さんとお話されて、また抹茶ちゃんとのやり取りを見られて、このお母さんなら、と安心して診断名を告げられたのではないでしょうか。

きっと、抹茶母さんだったからだと思いますよ。見る目のある先生だ!

私はきっと、すぐには教えてもらえない、先生から見たら「胡散臭いタイプ」なのだと思います(笑)
最初にタピの診断をして下さった先生は、そういった意味で、慎重なタイプの先生ではなく、先生が理解された事実ををはっきりと言ってくださったので、色々聞けて良かったのですが。。。

習い事は、決まったメンバーがいれば、虹色サークルでもいいですよね♪

要は定期的に、抹茶ちゃんが安心して楽しめる集まりがあればいいのでしょうね。
そういった場は、園や学校と違って、抹茶母さんが見守れるので、ちょっとした心の動きを感じ取れたり、抹茶母さんがそばにいる安心感から抹茶ちゃんもリラックスしてお友達と楽しめるのかもしれませんね。

偉そうなことを言ってしまっていますが、実は習い事のことで、私がこんなようなことを考えているところだったので、つい長々と書いてしまいました。
習い事の記事、上手くまとまらずに書きかけて放ってしまっています。。
また、いつか書こうと思います♪

それにしても。。
またまた、抹茶母さんの文学の世界に引き込まれてしまいました~

すばらしい!パチパチパチ☆

2009/12/08 23:16 | | edit posted by てんてん
保育園児で軽度の子は見過ごされがちだと思うので、いまの段階で発見した抹茶母さんの眼力はすごいんだと思います。いい先生にもめぐりあえたようで、よかったですね(←受容後の第2の関門だから)。

そうそう。教え込みは簡単なんですよね。表面上わかったように振る舞わせるとか。。。別に幼児や障害者に限らずネ!
で、誰のためかというと、周囲の仕組みに合わせるためだったりするんですよぉ。そんな人生ヤダヨー。

検査の結果はあくまでもデータに過ぎなくて、発達年齢が実年齢と差があるならば発達年齢に応じた接し方をすればいいと割り切ると、親の気が楽になるし、視界が広がる気がします。
2009/12/09 14:07 | | edit posted by yoshiko
お返事が遅れてすみません!
>ALL

今、締め切り前で大変てんぱっております。ぎゃー。
個々の方へのお返事は週末に!すみませーん!!
2009/12/09 14:28 | | edit posted by 抹茶母
遅ればせながら
検査にいたるまでの過程から読ませていただきました。(今まで携帯閲覧だったのでカテゴリー別に読むのが難しかったのですが、最近PCが手に入ったのでゆっくり拝見できました)

そもそも最初に抹茶母さんが気がついた…保育園のお友達とのやり取り…実は娘にも当てはまってます。お友達やその親に挨拶できない、話しかけられても無言で私にまとわりつく…。でも私の場合は、自分がそうだったので性格だろうと勝手に決めてました。

親しい人間と一対一は大丈夫。ただ…それ以外の距離のとり方って言うのか…世間話の範囲ができない。電話は特に苦痛。グループで話せない。飲み会…ひたすら無言。

「お城とは?」
と聞かれたとき…この人が何を求めて聞いてるかがわからなくて無言になる感じです。そんな気を回す必要ないのにね。

厳密にはわかりませんが、多少抹茶さんと似た傾向あったかもしれないです。言語というかコミュニケーションの取り方の偏りですがね。

ちなみに社会人になって、二年目ある日突然、偽物の口でしゃべればいいんだと気がついて、話せるようになりました。今でも社交的ではないですが…普通の生活は送れてます。

抹茶母さんのように気がついて対処すれば、今はそういう研究も進んでるので、もう少し早くしゃべり方がわかったかもしれません。記事を横断したコメントになってしまいましたが、こんな大人もいます。性格だと思ってあきらめてましたが、確かに生き辛かったなと、今振り返って思うので…早めの対応してみる価値はあると思います。
2009/12/09 22:17 | | edit posted by 桂
いづみさんへ
いつもコメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

>文学少女

その言い方やーめーてー。この発達検査周りの記事は、ブログに適した表現方法を模索中ということもあり、意識的にいつもの文体と変えているのですが、もうやめよっかな!能力がない故、中2病に終わってしまうしさー。

>一口に定型発達といっても、子ども一人一人の違いは、想像よりずっと大きい

本当にそう感じます。だから私は幼児のうちから「●●メソッド」に染まった教育を施すのは賛成しかねるところがあるのかな。「●●メソッド」という環境下にいると、「一歩引く」ということが、意外と難しくなってしまいますしね。

>ヤマハにはピアノのグループレッスン
>幼児グループ英語教室

実は先月に上記2つの習い事の体験申し込みをしたんですよ。そのことについては後日記事にする予定ですが、結論から先に言いますと、ザ・グッバイ習い事!でした。イエーイ!(ヤマハのグループレッスンは、体験すらキャンセルに終わった!)エルちゃんのように、英語サバイバルな環境の中、身を以て言語の有用性を感じてほしかったのですが、抹茶にはまだ負担が大きいようデス。
2009/12/14 13:37 | | edit posted by 抹茶母
まはーるさんへ
いつもコメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

>私は、観察までは割としていても、この「考える」部分が苦手

まはーるさんの育児姿勢は素晴らしいので、考えないでしているのなら、それに超したことはありませんよ!ホッペちゃんはとても優秀だし、親があれこれ口を出さなくても自分で今必要なものを選んで学び、吸収していけると思います。

>抹茶ちゃんにとってこれ以上ないほどラッキーなこと

いや~、私は思考優位ではないので、考えることは苦手なんですよ。もしかしたら、神様が「もちっと物事考えろ」とプレゼントしてくれた良い機会なのかもしれないなぁ…などと思ってしまうほどです。ですから、抹茶は私の元に生まれてラッキーか?というと、そうではないような。むしろ、私の「あまり考えられない能天気さ」が、抹茶にとっての救いなのかもしれません。(笑)

>秀でた才能を持つ人に、生きにくさやアンバランスな面を抱えた人が多いのは、優秀だったがゆえに、幼児期に苦手な部分を過度に矯正されたり、逆にほうっておかれたりした悪影響もあるのかなぁと、ふと思いました。

私はどちらかというと逆の意見で、「幼児期に苦手な部分を過度に矯正されたり、逆にほうっておかれたりした悪影響のない人が、後に才能を開花させた」と捉えているんですよ~。発達障害を抱えている人は皆生きにくさやアンバランスな面を持っているので、自己肯定感を下げずにいられた人だけが、その才能を開花させるチャンスに恵まれたのではないかと。

>抹茶ちゃんに丁度よい習い事が見つかるといいですね。

ありがとうございます。いづみさんへのコメントでも少し触れていますが、ここしばらくは抹茶の負担が大きそうなので、気長に考えることにしました。早くても1年生後半くらいからかな~と思っております。(>遅っ!)
2009/12/14 15:33 | | edit posted by 抹茶母
caritas さんへ
コメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

>障害という言葉は少なからず衝撃的な言葉ですよね。

偏見を助長させないためには「発達障害」ではなく「発達特性」とした方が良い、という専門家もいますから、表記に問題アリなのかもしれませんね。私は発達障害そのものをある意味でとても魅力あるものと捉えているため、特に気にせず「発達障害」と書いてしまっていますがー。(汗)

>発達障害の診断というよりも、基本的な性格を判断するという名目でテストを行って、そこで出てきた苦手分野を補っていく、、、とう感じで定期的な年齢にテストを行う。ということをやってもいいんじゃないかなぁって感じました。

発達検査を行う意味とは、診断そのものよりも、その先のアセスメントにこそ価値があるので、基本的には私も他の方も、caritas さんがおっしゃっているような感じで発達検査を位置づけていると思います。ただ、こうした検査を多くの定型発達のお子さんに適用させるとなると、アセスメントではなく、IQ値に一喜一憂してしまう親の傾向が日本にはあるため、専門家は慎重になっているのかな~と。その意味では「いろいろな分野から反発もある」のは当然なのかもしれませんね。高IQ値を出すために「ひとりでとっくん」なんて、しゃれにもならないし!(笑)

>抹茶母さんはきっと抹茶ちゃんのその素晴らしい素地のほうを引き出せるお母様

私なんて全然まったくさっぱりですよ!まぁ、私と主人の仕事は抹茶の得意分野と近いところにあるので、そのあたりのサポートはできるかも?というくらいです。
2009/12/14 18:57 | | edit posted by 抹茶母
てんてんさんへ
いつもコメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

てんてんさんのおっしゃる通り、診断名を告げることについては、先生個人の方針&親の心のありようも関係しますよね。でも、A先生は「慎重だけど、私だから診断名を告げた」というより、事実をはっきりと告げるタイプの先生だったのかもしれませんよ!むしろ、タピ君の診断名を告げた先生が「慎重だけど、てんてんさんだから診断名を告げた」のかもしれません。うーん、私達は医者ではないので、本当のところはわかりませんね~。

>習い事

うちの虹色サークル、抹茶とIちゃんの二人だけで、しかも月1なんですよ…。うーん、もう少し回数を増やそうかな?そしてご近所のみんな、うちへ遊びに来て!(>心の叫び)

>文学の世界

やーめーてー。みんなひどいわ!いじめか!
2009/12/15 10:10 | | edit posted by 抹茶母
yoshiko さんへ
いつもコメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。実はまだ仕事が終わっていないの!どひー!

私の眼力なんてクソみたいなものですが、日頃の行いが良いのか(ププ)、良い先生に巡り会えましたよー。我が市のこども発達センター(≒療育センター)の相談員の方は非常~に頼りないのですが、A先生を紹介してくれた点はグッジョブ。

>誰のためかというと、周囲の仕組みに合わせるためだったりするんですよぉ。

日本人はずっと長いこと村社会の中で生きてきたから、「周囲に合わせる」ということに敏感すぎるんですよね。我を通さない点は日本人の美徳だけれど、規格に合わない子を無理に規格に合わせようとし過ぎだワ。ちなみに、この出来上がった規格に合わせるというのは、学校教育にもよく表れていて、現行の指導方法は継次処理型の子には良いけど、同時処理型の子にはわかり辛い指導方法ですよね。うーん、もう少し柔軟に対処してくれたら、発達障害・定型発達問わずに学力が伸びるだろうに…と感じています。

>検査の結果はあくまでもデータに過ぎなくて、発達年齢が実年齢と差があるならば発達年齢に応じた接し方をすればいいと割り切ると、親の気が楽になるし、視界が広がる気がします。

まさにその通り!だと思います。よそのお子さんと比べて愚痴っても、疲れるばかりで発展性がないもんねぇ。
2009/12/15 10:32 | | edit posted by 抹茶母
桂さんへ
いつもコメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまい、申し訳ございません。
最近PCを手に入れたとのこと。おめでとうございます!(>?)

>自分がそうだったので性格だろうと勝手に決めてました。

もちろん性格の部分もありますよね。結局、発達障害か否か?という大事なポイントは、「その気質・性格で日常生活に支障を来すか否か」なので、本人や周囲がそれほど困っていなければ問題ないのだと思います。桂さんの性格は私の主人とも似ていると思いますが、彼も生き辛さは感じつつも発達障害という言葉とは無縁に生きてきましたから、気の持ち用という部分は少なからずあるのかもしれませんね。

>早めの対応してみる価値はあると思います。

だと良いのですが、本当のところよくわからないのです。周囲の大人の理解を得られるという点においては意味があると信じていますが、能力向上にどれほどの意味があるかは、ハテナ?といったところ。今は私も勉強中デス。
2009/12/15 10:53 | | edit posted by 抹茶母
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