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 幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます***その2

そもそも、なぜ私がこんな風に感じるようになったかというと、
それは平田さんがおっしゃるように、身近な人間が鬱を患った経験からなのです。
ここからは個人的な話になるので、書くのもどうかと思いますが、
思い切って書いてしまいますね。

さて、身近な人間というのは主人のことです。
主人は私と結婚する頃、鬱状態で、まさに四六時中ウツウツ~としていました。
直接的な原因は仕事上のトラブルです。
こんなことはよくあることですから、どうってことありません。
問題の根は他にあるのでした。

問題の根…『鬱を患う根本的な原因がどこからくるのか?』
この言葉を主人が自分自身に問うた時、彼は私にこう言いました。

「それは、人から褒められたいという気持ちが、おそらく他の人より強いからだろうね」

主人は両親と三人兄妹の5人家族で、取り立てて裕福ではないけれどもお金に困る事のない、
アカデミックな雰囲気が流れる、一見すると全くほころびのない家庭に育ちました。
当初私は、あの家に育った人間がなぜこれほど自己肯定感が低いのか不思議なくらいでした。

私は聞きました。

「その褒められたいという強い気持ちはどこからくるの?」
「母親だろうね。厳しい人だったから」
「自分で自分を褒めてあげればそれでいいじゃない」
「難しいね、なかなか。やっぱり、母親に褒められたかった思いが根底にあるんじゃないかな」
「でも、勉強は私より出来たでしょう?」
「そういうのは関係ないんだよ。上には上がいるからもっと頑張れみたいな感じだった」

主人の母はとても品の良い人で、けっしてガミガミ怒るような人ではありませんでした。
ただ、イレギュラーなことに弱く、習慣の継続を重視するタイプの方ではあったそうです。
そう言われてみればたしかに、主人の育った家には、ほどほどのゆるい空気が
若干薄いような気がしました。

もちろん、そうした母親の姿勢が悪いわけではありませんが、私は主人を見る度、
そのバランスの取り方を考えずにはいられません。
主人の母は\数年前に他界しても尚、歴然と主人の価値観に強い影響を与えているからです。
そして、それは私から見て「とても疲れやすく生きにくい価値観」だと感じるからです。

今、私達夫婦は「できれば娘には、もう少し疲れないように生きる術を身に付けてほしい」
と考えています。
抹茶は主人と良く似た気質を持っていますから、余計にそう感じます。
この考えが世間的に正しいのか否かは知りませんが、私達夫婦が話し合い、出した結論であること。
その部分を尊重して娘を育てることにしています。




最後に。

私は今まで鬱病と診断された経験がないため、平田さんが「机上の空論」とおっしゃるなら
たしかにそうです。
身近な人間を見て感じた経験だけですので…。
加えて、私は医師でもなければ、心理学に精通しているわけでもありませんから、
その個人的な経験を持ってのみ、あくまで個人的に、ブログで自分の思いを綴っています。

>抹茶母さんの精神的な危うさを感じ、とても心配しています。
>他の育児は気にせず、どうかご自分に自信を持って育児を楽しんでいただくよう願います。

そうですね、自分に自信を持って育児も楽しまないといけませんね。
ご心配して頂き、ありがとうございます。

*最後の一文は削除しました。大丈夫ですよー。

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23:01 | 未分類
comment(5)     trackback(0)
comments
えー、いきなりブログに表れてハンドル名も失礼かと思い本名を名乗りましたが・・・うーんなんだかねーという感じですが、このまま「平田」でいきます。

先生からの抹茶ちゃんの評価が高いのは
ひとえに抹茶母さんの愛情と努力の表れですね!

さて先生が言われた先取り学習のことですが・・・これは娘が通う小学校、近隣の小学校、友人の子が通う小学校に限った狭い範疇の話経験談と私の主観で申し訳ないのですが、一つの意見としてお読み下さい。

実際の小学校の勉強は教科書とプリントが中心になります。イメージを持つことは最も大切で、それを理解していないで学ぶことは意味がないとさえ感じますが、イメージとプリントが直結するように少しずつ慣れさせることが抹茶ちゃんにとって大事だと私は思います。お箸をきちんと持たせる躾と似ています。

とても良い教室でも週一では”学習”ということでは意味がないと私は思います。これは大事なことで学ぶことと学習は別と考えるべきです。学習は習慣です。悲しい現実ですが学校は学習して学ぶところです。先生の当たり外れの大きい公立小学校では、家庭での学習習慣がとても重要です。学習からの解放は学習からしか出来ないのではないでしょうか。それが出来る最も相応しいのが抹茶母さんです。たかがプリントくらい楽しくさせられますよね?

小学校の現状は想像以上に酷いところです。幼稚園や保育園で先生の目の届きやすい狭い空間と、大人の干渉が少ない小学校では同じ子であっても、全くの別者です。学校に期待しない方がいいよと多くの先輩ママ達からアドバイスをいただきましたが、その通りでした。

学校は嫌だからやらないで済むところではないです。私は5年間様々な障害のある子供の支援サークルにボランティアとして参加させてもらっている経験からですが、嫌だからやらせなくていいということにしていると軽くても障害であっても特殊学級や養護学校を薦められるようになりますよ。それは知的に問題なくてもですよ。「そちらの方がお子さんのためだし、お子さんが充実して過ごせますよ」的な決まり文句で。(ちなみに保護者が頑なに断れば行かないで済みますが大変な労力が必要なケースがあります。)

>…と言っても、「平仮名の読み書き」「一桁の計算」「時計の読み方」程度のこと
>で、これすらワークに出来るだけ頼らないようにしたいと思っていますが…。
残念ですが、ここでは余程のことがない限り誰も躓きません。躓くのはカタカナと繰り上がり、繰り下がりになった時です。そこから少しずつですが学力の差が出て来ます。学力の差が一年生からあるなんて、それに気付いた時はゾッとしました。二年生の筆算も同じく躓きやすいようです。かけ算は積み重ねがない暗記なので(もちろん意味を学ぶことは大事)努力次第でなんとでもなります。

分かることからプリントと直結することが学校生活を楽しむための準備として必要なのではないでしょうか。そんなことで今まで培った抹茶ちゃんの素晴らしい能力や煌めき、親子の絆は消えたりしませんよ。それとも、そんな脆いものなのですか?もっと、ご自分も抹茶ちゃんを信じて自信を持って下さい。

どうせやらなくてはいけないことは楽しくやろうよってことです。先に述べたように私個人の主観であり意見であって、もう十分ご承知でしょうが、この様な考えもあるということを述べさせていただきました。

これは私の経験からの持論で学習の問題と関係はありませんが・・・「自分が自由になるためには社会に適応することを学ぶことが大切です。真の自由は他を拒否することではなく他を受け入れることで得られる。拒絶した世界は自由ではなく狭い箱の中で自分の世界にひたっているだけ。」絶対に自由である必要はないですが、私は娘に強くて好きなところへ飛んでいける自由の翼をつけてあげたいと思い、育児をしています。この強くてというのが抹茶母さんのいう「鬱」にならないということなのでしょうね。
2010/03/18 02:06 | | edit posted by 平田
抹茶母さん、おひさしぶりです。
その節はご親切にメールでのやりとりで励ましていただき、大変お世話になりました。
おかげさまで、登園拒否は無事クリアして娘は幼稚園に通っております。

あれから、コメントはしていませんでしたが、いつもブログを読ませていただいてたので、今回のことでいてもたってもいられず、出てきてしまいました。

娘には抹茶ちゃんと同じように、言語と動作のアンバランスがあることがわかってきました。
しかし、私自身が、小さい頃親や祖母の期待に答えようとしたり、やればできるを求められたり、一番になったときだけ褒めらたからか、本当に常にそれを求めないように意識しなければなかゆるゆる感を作ってやれないのです。
私自身実際社会で働いてみると、人より悩みすぎて旨くいかないことも多々ありました。

その反面主人(次男)や私の弟には、競争心がないかわりに、生きる強さがあります。それはきっと程よく手を抜き自分をいたわる術をしっているからです。なのに、仕事は出来る方なのです。私の母も子どもが大人になりそのことに気づいたみたいで、孫には本当にゆるゆるです。そして私に100パーセント求めすぎるなと注意するほどです。

ですから、抹茶母さんの子育ては、私の悩みの肝をついていて、かつわかりやすく、そして、同じ年の娘をもつ母としても、とても励まされたり参考になったり反省したり、癒されたりするブログなのです。

今回のことで、ブログも見れなくなるなんてことがないようにどうかどうかこれからも頑張ってください。









2010/03/18 07:55 | | edit posted by あさひ
私も抹茶母さんのおっしゃることは自分が感じていることを
そのまま言葉にしてくださった思いがするくらい
よく理解できます。
それは抹茶母さん自身が鬱を心配されることではないんだと思うんですけどね・・。
育児も、冷静に抹茶ちゃんのことやご主人のことまで
言葉に表現できるほど理解されているように思いました。

ご自身の考えが絶対と
すべてのお子さんに当てはめるような、強制する発言ほど
人を追い込むことはないですよ。

小児精神科医と発達障害の専門医は結びついているんです。
鬱病を小児でも発症するケースは少なくないんです。
うちも診察で、小学生で鬱病(二次障害という表現でしたが)発症して診察にこられるケースが多いので
注意してみていく点などや接し方、親の考え方などもアドバイスがたくさんあったほどです。


抹茶ちゃんの言語LDに関しては、私は最初疑問に感じていたんですが(うちの子ととても違うという視点で見ていたので)その後の記述や、以前の内容を拝見して
抹茶母さんの取り組み方(といっていいのかな・・?)は
私自身学ぶところが多かったんです。


好きなことを思いっきりする時間を大切に考えている点などは、将来にしっかりと結びついてくると私も信じています。

やっぱり私は、物事を一方方向からみる視点で
子供と接するのは危険だと思えます。

うちの子が、そういったタイプの先生と
「担任と生徒」という関係で出会ってしまうことが怖いです。
子供にはいろんな特性がありますし、これが絶対!というものを誰にも当てはめて考えることなどできないと思うんです。

抹茶母さんは抹茶ちゃんを信じていないというような記述もありましたが、私にはとてもそうは思えませんでした。
抹茶母さん、私への返信不要です<m(__)m>
2010/03/18 10:13 | | edit posted by まりもママ
抹茶母さん、お久しぶりです(^^)

今回の一連の記事、とても興味深く読ませていただきました。
最初の「毎日の学習習慣付け」から発したyuntayunさんとの攻防(?)も含め少し私が感じたことを書かせてくださいね。

yuntayunさんと抹茶母さんのブログ両方をいつもとても参考にさせていただいている私としては、今回の件は少し胸が痛かったです。

覚えてらっしゃるかわかりませんが、以前私も抹茶母さんのブログに鍵コメで「それはちょっと違うのかも」という趣旨のコメントを書かせていただいたことがあります。

その時も抹茶母さんは私のコメントを掲載された上で反論をされました。

やっぱり、、、少し気分が落ち込みましたね。
正直書くんじゃなかった。というか。

多分平田さんを含め何人かの方はそのことをいいたいのではないのかなぁと思います。

私は虹色教室通信や抹茶母さんのブログで子どものタイプによっていろんな子育てがあるんだということを知りました。
だからこそ、いろんな形の子育てがあっていいんじゃないのかなって思います。

もちろんこのブログは抹茶母さんのブログですから抹茶母さんの好きなように記事をお書きになって良いと思います。
ただ、反する意見のコメントに関して記事をつくって反論というのはやっぱりせっかくの意見をしてくださった人の気持ちを無にしてしまうのではないでしょうか。

抹茶母さんに悪気はないと重々承知です。
でもここは抹茶母さんのブログだからこその配慮もあっていいのではないかな。と思うんです。

抹茶母さんのブログということは、基本的に抹茶母さんの意見に賛同されている人が多く見ているブログということですよね。

そこへあえて反対の意見を書いてこられる人がいるということはいわばアウェイだということを承知で意見しているということです。つまりかなり覚悟してコメントされているということですよね。

それなのにそのコメントを引き合いにして記事にされて反論されてしまうと、なんとなく「反論はしないほうが無難だな」という空気になってしまうと思うんです。

子育てには確固たる信念が必要ですから、他者の意見に耳を傾けない勇気というのも必要だと思います。でもまったく反論できない空気ができるというのは抹茶母さんの望んでいらっしゃることではないのではないでしょうか?

吉野弘さんの祝婚歌という詩にこんなフレーズがあります。

「正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気づいているほうがいい」

私も何度もブログで失敗をしてしまったりしていますが、何度かの失敗に学んで、ブログで記事を書く時この事をいつも念頭に置きながら書くようにしています。

何が正しいかはまだわからない子育てに関することですから尚更そう感じています。

これは一つの捉え方としてみていただければ結構です。
こんなえらそうなこと書いてますが、私も以前抹茶母さんに事前承諾なくブログへリンクを張ってしまった経緯もありますから人のこと言えないんですけどね(^^;)

ネットの世界でのコミュニケーションって難しいですね。

お忙しいと思いますので私も返信不要です。
こんなめんどくさい私ですが相変わらず抹茶母さんのファンですのでこれからも記事を楽しみにしています(^^)
2010/03/19 09:53 | | edit posted by caritas
抹茶母さんが勇気を出してこの記事を書かれたことに感謝いたします。

私事で、いつかどこかで書こうとは思っておりましたが(他の人のブログのコメント欄でカミングアウトしてごめんなさい(^-^; これ公然の秘密だから(笑))、私も物心ついてからの自己肯定感が低く、大人になってから、ついに心身を壊し、3年間ほどうつ病と闘った経験があります。もちろん現在は寛解(=折り合いをつけて普通に暮らすこと)しています。

しかし、コツコツのプリント学習は超苦手で、チャ○ンジの添削なんかは一度も提出したことがありません(爆)。だから本当は、このケースにあてはまらない、反例なのです(笑)つまり、誰でもなるときにはなる?!

しかし、一見正反対のタイプに見える、抹茶父さん系と私にも、共通点があります。ある種の完璧主義が、自己否定となって、心をむしばむのです。

このコントロール不可能な完璧主義は、幼い頃より、周囲から学んだものである可能性も(もちろん確証はできないけれど)否定はできません。いや、私においては、切実な実感です。学んだと書きましたが、正確には、環境と認識のクセの相互作用といったところでしょうか。

闘病後につかんだ「ほどほどがよいバランス感覚」は、私が子どもに伝えたい、最も大きなものです。それを知るまでに、どれだけ大きな代償を払ったことか。抹茶母さんが育児の中心に据えるだけの重みを、私も日々実感しております。

抹茶母さんの一連の記事は、幼児の学習という枠を超えて、よりよい生き方をサポートする試みと呼べるのではないでしょうか。
2010/03/19 20:55 | | edit posted by いづみ
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