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 幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます***その3

「幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます」
「幼児期から鬱病を心配されることがとても不思議に感じます***その2」

以上2つの記事をアップするのと前後して「虹色教室通信」のなおみ先生から
「毎日の学習習慣付け」という記事にコメントを頂きました。

平田様 

こんにちは。抹茶母さんに向けた意見に、
私が横から自分の感じたことを意見させていただいてすいません。

平田さんは、抹茶母さんが、幼児期から親の過剰期待に応えながら成長することと、
鬱病の関係を揶揄したことを、意外に思われたのですね。

幼児の世界だけに目を向けていると、驚かれるかもしれませんが、

これはただの机上の空論ではなく、現代の子どもたちをめぐる深刻な現実です。 

海外の研究で、早期教育ブームの高まりや子どもの過密スケジュールとともに
鬱病の青少年が増加し続けている事実を発表しています。

全米青少年精神医学解は「顕著な鬱病の青少年の数は全米で340万人に達する。
これは若者全体の5パーセントに該当する」と述べています。

日本でも青少年の無気力、無関心、ひきこもり、鬱病、心身症など、
さまざまな問題を抱えていますが、それは、 
子どもが自分の主人公になれず、
親が管理しながら子どもの時間をコントロールする人が増えたことと無関係ではありません。 

学習習慣の上での子どもの管理が、その先に、自分が自分なんだけど自分じゃないしんどさ…… 

何のために、どのような意味でがんばっているのかわからなくなる危険を含んでいるのは、
多くの学者や教育に関わる人々が前々から意見してきたことで、
抹茶母さんの意見は抹茶母さんには失礼ですが、これまでさまざまな方々が
声を上げてきたことなのです。

早期教育と鬱病の関係は、天才の研究などのかなり古典的な本ですら取り上げられていますから、
めずらしくないというか……あまり言葉を深刻に受け止めるような類の話題ではないのですよ。


私もそう感じます。
子育てにおいて、何をキーポイントとするのかは人それぞれですが、
私達夫婦はここが一番のキーポイントです。
他は二の次三の次ですね。

「そんなの大げさよ~」という方もいるでしょうが、私はこの件に限ってのみ、
”先取り推奨派”なのだと思います。

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09:48 | 未分類
comment(12)     trackback(0)
comments
私が意見してしまったことで大変なことになってしまったようで、ごめんなさい。

もっと簡単に言えば良かったですね。
バランスの悪い育児が不安だと。

私は鬱のことに不勉強なので
抹茶母さんの日記やコメントを読んで私なりに考えてみました。

何らかのストレスを感じ、
心のバランスを崩すということが鬱なのかなぁと。
(いやホント大雑把で当てずっぽうで申し訳ない!)

バランスを崩した時に戻せないのは
元を正せばバランスの悪い育児をされていた。
ぶっちゃけバランスの悪い育児の代表が早期教育だと。
その代表にされている早期教育に関してだって
”盲信的”という枕詞が必要ですよね。

そそ結局はバランスの悪さが問題なのではあろうかと私は思うのです。
様々な教育方針がありますが、
それらを盲信的に信じることを危惧しています。
私はその危惧を抹茶母さんに感じてしまったのです。
大袈裟ですが依存を心配しています。

極端な例やデータを出してきて
自分の理論が正しいとしている方を盲信するのは危ないです。
必要なところだけ参考にするというのはいかがでしょうか?
それが考えるということですよね。

プリント至上主義!とか
子どもの感情を無視した早期教育!なんて方がいたら
抹茶母さんの主義を勧めるのですよ。

抹茶ちゃんが鬱になることを心配されているのでしたら
尚更バランスを考えることが大事なのではないですか?
それには、ご両親が、取り分け側にいる母親が
バランス良く接していかなくてはならないのではないででしょうか。

抹茶ちゃんが学んでいくことを
一つ一つ灯る小さな蝋燭を大事に守っているような
愛情深い育児をされている抹茶母さんを心より尊敬します。

いいじゃないですかプリントしたって。
「すごーい!よく分かったね!
 でね、これを紙に書くとこういうことで
 ふんふん、おーよく分かったね!
 じゃあ次はまとめて出してみるから、やってみよっか」
的にすれば、子どもには何ら負担にはならないし
むしろクイズを解くように楽しめると思いますよ。
先のコメントに書いたように
どうせやらなくてはならないことは楽しくやろうよってことです。
学校でプリントはつまらないものと植え付けれる前に
楽しいものだって植え付けてみるのは決して悪いことではないと思います。

考えることは大事ですが反射で習得していくことも大事だと思いますよ。
だって漢字がそうですよね?
成り立ちを習いますが、
いちいちそんなこと思い出していたら一冊も本が読めませんって。

うちも娘に先取り学習をしていますが
クイズみたいで楽しいようで
今自分がしている勉強レベルの問題を作って
私に解けと物凄く嬉しそうに(ちょっと意地悪そうとも言う)持ってきます。
その笑顔に鬱の陰りなんて感じないわけですよ。

「~ならないための育児」ではなく
「~になったらいいなの育児」の方が断然楽しいと思います。
何かに怯えた育児が原点なんて悲しすぎます。
それは子どもに伝わりますよ。
だから、私は抹茶母さんに「自信を持って」と繰り返しているのです。
いろんなコメントをきちんと載せ続ける抹茶母さんを信じているのです。
どうかどうかバランスを大事に!
2010/03/19 22:08 | | edit posted by 平田
>「すごーい!よく分かったね!
>でね、これを紙に書くとこういうことで
>ふんふん、おーよく分かったね!
>じゃあ次はまとめて出してみるから、やってみよっか」
>的にすれば、子どもには何ら負担にはならないし

すいません、これうちの子には絶対通用しないです。。
まず、私に ”すごーい!” と言われるのを嫌います。
”それ言わないで! いいね、にして。”
、と何度も言われました。

こんな風に 親の思惑にのせるような発言をすれば、うちの子はこっちの意図をすぐに察して 嫌がります。ほんとに。

しかも 平田さんの発言はなんだか思い込みが強くて 論点がずれている様に思います。
いちいち突っ込むときりがないし、面倒なのでしませんが、一例は、

>何かに怯えた育児が原点なんて悲しすぎます。
>それは子どもに伝わりますよ。

抹茶母さんの文から こんな要素はどこにもないと思うのですが。。

他にも、”自信を持って。”、とかなんだか はー?みたいな、どうしてそうなるんでしょうか。
余計なお世話だし、随分失礼だと思います。
2010/03/20 13:26 | | edit posted by ひろ
抹茶母さんが反論もきちんとコメントに掲載されている姿勢
尊敬します。

奈緒美さんのコメントの内容を見れば見るほど
???なのでまた書かずにはいられませんでした。



>海外の研究で、早期教育ブームの高まりや子どもの過密スケジュールとともに
鬱病の青少年が増加し続けている事実を発表しています。

全米青少年精神医学解は「顕著な鬱病の青少年の数は全米で340万人に達する。
これは若者全体の5パーセントに該当する」と述べています。

ここまで


これをよく見てください。

1) 海外の研究で、早期教育ブームの高まりや子どもの過密スケジュールとともに
鬱病の青少年が増加し続けている事実を発表しています。

2)「顕著な鬱病の青少年の数は全米で340万人に達する。
これは若者全体の5パーセントに該当する」


1)+2)は
全米では鬱病の青少年の数が若者全体の5パーセントになる。
その原因は早期教育であると読めてしまいます。

2点を繋ぎ合わせると奈緒美さんが言ってる早期教育は危ないという意見を
後押しするデータのように一見みえてしまいますが?
でも1)は奈緒美さんの意見で2)が研究結果なのですよね?


1)海外の研究で、早期教育ブームの高まりや子どもの過密スケジュールとともに
鬱病の青少年が増加し続けている事実を発表しています。


もし上記が奈緒美さんの@意見@ではなかったとしたら
「早期教育や子供の過密スケジュールが鬱病の青少年が増えている原因である」
というデータが実際にあるのですか?あったら教えてください。

どう考えても???なのです。340万人の5%の青少年の鬱の原因が
青年の過去に遡って早期教育を受けてきたため、忙し過ぎる為など
どうやって研究結果が出せるのか素人の私にはぜんぜん想像できません。


私はこの間コメントしましたが


>奈緒美さんはご自分のお教室で幼児に学習させていますが?
家庭での適度な学習と何が違うのかよく理解できません。
もし楽しくやっている程度の学習ならよいのでは?
学習させている母たちになぜ罪悪感を抱かせるのでしょう。

ここまで



奈緒美さんはご自分のブログでこう書かれています。
それも???なので掲載させてください。


>まず、その目的が、
早期教育をしている親に罪悪感を抱かせるためではないのは
確かなのですよ。
ならなぜか? というと……
現代、幼児の教育がマーケットになるにつれて、
かつてのような幼児の教育に対する慎重さや、
その危険を十分承知して
「何をするか」吟味する姿勢が失われて、
聞きかじりで自己流に実践する人が増え、その中で思い通りに行かない現実にぶつかって
自分への不全感や子どもへのイライラを募らせている現実があります。

ここまで



幼児教育がマーケットに出てきて親が考えないため
業者にひっかかる人がたくさんいるのですね?
業者に引っかかって子供の教育を実践して
でもできないから親がイライラを募らせているのですね?
その「現実があります」と断言されていますが
そのような現実はどこにあるのですか?


「あなたは子育てにイライラし不安を抱えていますね」と言われれば
私もそうかもしれないと思いあたる節があります。
確かに子供にイライラすることもあります。(私だけ?)
反対に「あなたは不安もある中頑張って子育てしていますね」と言われれば
やっぱり思いあたる節があります。自分では頑張っているつもりなんです。(私だけじゃないと思います)


奈緒美さんが言うように

>早期教育をしている親に罪悪感を抱かせるためではないのは
確かなのですよ。


それは確かにないということであれば、罪悪感ではなくて別な言い方をします。

「1)+2)=とってつけたデータ」を使ってまでどうして親たちの不安を煽るのですか?
なぜ親の不安を煽るのですか?
私は自分の非を認めない悪いことは否定しようというのではありません。

ただ無闇に不安を煽っていて、それによって抹茶母さんのようなまじめな方が
幼児に学習習慣をつけると鬱になるというような
湾曲したものの見方に直結してしまうように
影響を与えているかに見えてしまう
奈緒美さんのやり方がとても危険に見えています。

しかもご自分の想像の世界をデータで武装して
論理が通っているように書かれているようですが。
よく読んでみると???????

奈緒美さんは私がこちらで書いたコメントにご自分のブログで返事しています。
奈緒美さんのブログではコメントが承認されないと掲載されないため
またこちらに書かせていただきました。抹茶母さんごめんんなさい。
でも反対意見が人の目に触れないようになっているのは
人の見方のバランスが悪くなることにもつながると思います。

抹茶母さんはコメント承認機能を使われていても反対意見も正直に掲載してくれています。
まじめに頑張られている方なのだと思います。


それと平田さんが「~ならないための育児」ではなく 「~になったらいいなの育児」
と書かれていますが、~にならないための育児をいつも考えていたら
それこそ鬱になってしまうでしょうね。

鬱になると診断されるまでが大変なだけじゃなくて
鬱が治るまで薬を飲み続けたり家族に迷惑かけたり
子供に対して申し訳ないと思うこともたくさんでてきます。
私なら「~になったらいいなの育児」を選びます。
2010/03/20 14:53 | | edit posted by 上海
上海さんへ
>抹茶母さんが反論もきちんとコメントに掲載されている姿勢尊敬します。

とわざわざ最初に述べておられるのですが、反論のコメントを掲載してもらえないなど、何か気になる出来事があったのですか?

抹茶母さんのブログのコメント欄に私への意見を長々と書くとご迷惑になりますから、できれば私のブログのコメント欄に書き込んでくださいね。
コメントを読んで気がめいる方がいると困るので、内容によっては掲載できないのですが、
きちんと読んでおきますからね。
2010/03/20 18:38 | | edit posted by 奈緒美
>ひろさん
ひろさんには伝わらない書き方で、ごめんなさい。

子供の褒め方は、うちの子に対してのやり方であって
他のお子さんではないですよ。
最後に「的な」というのが重くならないよう
流行言葉で書いたのがいけなかったのかしら???
「的」というのは誉める雰囲気の表現です。
まじめな論議でこんな言葉を使った私がいけないですね。
すみません。

その子に合った誉め方が一番ですよ。
会ったことのないお子さんに誉め方を押し付けなんてしません。

私は抹茶母さんの発言から旦那様の体験を経て
抹茶ちゃんが鬱にならないようにそれを一番においてるというを
”鬱にならないよう怯えてる”と感じてしまったわけです。

抹茶母さんの話しにくいことを書いていただいて
更にそれを具体的に書くのは申し訳ないと思い
>「~になったらいいなの育児」の方が断然楽しいと思います。
に想いを綴ったつもりでしたが
分かり難かったようですね、すみません。

私の感じ方を否定するのではなく
「私は、これこれこういう訳だから、
 抹茶母さんの育児は決して怯えているとは受け取れない」
と説明されなくては、ひろさんのコメントはとても感覚的で意味がないです。
ただ私への敵意を剥き出しにしているような印象に感じてしまいます。

「自信を持って」と言うのは敢えて失礼な発言とは重々承知しております。
私は抹茶母さんが体験されていないことをとても
他の育児方法の否定を力強く自信ありげに語られているところに
逆に自信のなさとバランスの悪さを感じてしまったのです。

抹茶母さんにとって「真の自信」について考えてもらいたかったのです。
何故なら私もかつて「何かに怯えた育児」をしていたからです。
子供が可愛くて可愛くて好きで好きでたまらなくても
そんな育児をしてしまうのは自分自身でよく分かっているからです。

先に述べたように誰かに違う考えを意見をする時は
自分を安全圏におかず持論を展開してさらけ出すのが礼儀だと思っています。
それが余計に理解がされにくい結果になってしまったのかなと思う次第です。
2010/03/20 21:08 | | edit posted by 平田
各々子育てに対するささやかなこだわり(私から見ると、です)、
そのような、(私なら)さらっとスルーするようなことに、強く強く反応するひとも居るんだなぁ。

いちいち噛み付くような文章から、ずいぶん感情的であるように見受けられますが、
結局、何を主張したいのか(なぜお怒りなのか)、いまいちわかりません。


(日を追うごとに、阿呆な私にも、じょじょに解りつつある文章が出てきました。
なんだ。それもやっぱり私にとっては、ささやかなことで、なんでそんなに目くじら立てるのかなっていう感想です)
2010/03/20 22:31 | | edit posted by そよ風
奈緒美さん

そうですね。気になる出来事がありました。

http://blog.goo.ne.jp/nijiirokyouiku3/e/b3a2041fb928c2de17aea68f65b35a28

この方のコメント全てを掲載されずに
この方が下記のことを書いてきたように書かれていますが?
この方のコメントをこのように操作して見せているのでなければ
ブログを承認機能なしにしたらどうですか?

・とても繊細で傷つきやすい
・自分の子育て法と異なることが、イライラして我慢ならない
・どの方のどんな子育ても、賞賛する以外はしてはいけない
・詩の比喩がわからないこともとても腹が立つ



>毒のある言葉や攻撃性を私のような大人に向けるのなら
どうってことないのですが、
そうした方も子育てされているのでしょうし、


暗にこの方が子供を虐待でもしているように人に思わせるように書いていますね。
「1)+2)=とってつけたデータ」にしてしまうやり方と同じですね?

奈緒美さんのブログが承認機能解除された時にはそちらにコメントします。
今は奈緒美さんの都合の良いように湾曲されるかもしれないのでやめておきます。
2010/03/21 01:28 | | edit posted by 上海
鬱病気質同士は惹かれあい、またその子供も鬱病気質があるので心配ということですね。

鬱病を心配されている抹茶母さんと奈緒美さんが心を病んでいるように見えますね。

早期教育を信じ込んでいる親も心が病んでいますが、これは早期教育のせいではなく病んでいる親が子を鬱病に育てるのでしょうね。

抹茶母さん、やばいです。
2010/03/24 13:42 | | edit posted by ひなママ
論拠も示さずいきなり心が病んでるだの精神的に危ういだの…
また混乱してしまうふりだしに戻ってきました。

中傷から論点を見出すのは、とてもむずかしいです。
2010/04/12 13:37 | | edit posted by そよ風
続き
(送信ボタンを押してしまいました)

どうか論点や主張を(できればテーマに沿ったポイントに絞って)明確にお願いします。

言いたいことがひとに伝わらないのはもったいないです。
すみません、私の読解力のなさを棚にあげています。
2010/04/12 14:06 | | edit posted by そよ風
何度もすみません。
出遅れてしまって、

虹色教室の何がどうして危険(に結びつく)なのか、私にはさっぱり納得できませんでした。

教師に対していちいち細かく(大雑把な私から見て、です)問題視していると「危険だ!」に行き着いてしまうのかな。

「極端な例やデータを用いて自分の理論が正しいとする」から、ということですね。

まず、ひとは自分が正しいと思っていることを発言するものです。
例はあくまで自分の主張を分かりやすくするための道具ですから、その主張に都合よく選ばれたものでなければなりませんし、
分かりやすさ優先のため、極端であっても構わないものです。
ですから読み手は例ではなく、例を用いた行為でもなく、主張そのものについてどう思うか、です。

と考えると、もはや主張に対する是非を問うているのではないのだな。う~む。

まあ、どんな先生が良いかダメかってことは好みの問題ですから、ダメだと評価するひとを否定する気はありません。
なぜダメと評価するのか知りたかっただけでした。

ちなみに私の場合、教師に対しては(政治家や評論家を始めすべての仕事人に言えますが)、仕事がデキるかどうか、センスが感じられるかを重要視していますので、教師自身のあらさがしに関心はありません。
だいたい、仕事なんて、ある程度自分を棚にあげてするものだと実感しています。
  
バランスが大事というのは教科書的にはその通りなのですが、不器用なひとにはなかなかむずかしい。意識しすぎるとブレてしまって、かえって危険な場合も。気をつけよう。
2010/04/13 23:48 | | edit posted by そよ風
ついでに
議論の目的は「テーマについて参加者が納得する(ように努力する)こと」です。
ですから目的達成のためには手段はさまざまで、必ずしも持論がないと議論が成立しないわけではありません。
でないと、手段が目的になってしまいます。

相手の主張に納得できないからといって、八つ当たりするのはよくありません。
納得できない旨を正直に言えばよいだけです。
2010/04/14 14:00 | | edit posted by そよ風
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